閉じる

自動翻訳(Machine-translated)

Language

閉じる

概要

最終更新日:2026年10月13日

ページID:31238

ここから本文です。

目次

 

長田区について

長田区は市の中央部よりやや西に位置し、北に高取山、南に海、新湊川、苅藻川に形づくられた南北に細長い区域です。その歴史は古く条里制の痕跡が今でも残っています。明治から大正期に市街地の開発が行われました。

1945年に当時林田区であった地域を分離・統合して誕生しました。「長田」という地名は、苅藻川沿いに長くひらけた田地が続いていたことから付けられたと言われています。

北部地域は丘陵地帯になっており、最北部には北区にまで及ぶひよどりごえ森林公園、北西部には早朝登山や六甲全山縦走などで親しまれている高取山もあり、区民の憩いの場となる自然環境に恵まれています。

漁港から長田区

漁港

中部・南部地域は市営地下鉄をはじめ神戸高速鉄道・山陽電鉄・JR線などの鉄道網が整備されており、商店街や主要な官公庁が集まる地下鉄長田(長田神社前)駅周辺と、市場や商店街・ケミカルシューズ産業などが集まるJR新長田駅周辺を中心に発展してきました。南端にある長田港一帯はみなと神戸の一翼を担っており、建設資材や食料品・重油などの積み卸し港・いかなご漁などの漁港としても知られています。そばめしや粉もんなどの独自の食文化があり、区内ではグルメイベントの開催や「こなもんマップ」などのグルメマップも作成され、広く発信する取り組みが行われています。

1995年1月17日に発生した阪神・淡路大震災により、長田区をはじめ既成市街地は大きな被害を受けました。とりわけ長田区内では地震で直接921名の尊い命が犠牲になるとともに、家屋は全半焼が4,772棟・約30ヘクタール(市内の全半焼の約6割)、全半壊が23,803棟(市内の全半壊の約2割)にのぼるなど壊滅的な打撃を受け、区内の人口(1995年10月1日)では96,807人(1967年の45%)となりました。

こうした現状にあっても地域住民は自らの生活を立て直し、地域での支えあいの輪を広げ、明日への希望を持って一歩一歩前へ進んできました。また国内外から多数のあたたかいご支援をいただきました。

鉄人28号
ふたば学舎
ふたば学舎

2009年に震災復興のシンボルとして、若松公園に鉄人28号のモニュメントが完成しました。また2010年には旧二葉小学校を改修し、地域の人材育成の拠点として「ふたば学舎」がオープンしました。さらに2019年には兵庫県と神戸市の公営住宅や税に関する部署が入居する「新長田合同庁舎」が完成しました。職員約1,050人が働き年間30万人の来庁者が見込まれる施設で、新長田が大きく変わることが期待されます。

さらに2019年には兵庫県と神戸市の公営住宅や税に関する部署が入居する「新長田合同庁舎」が完成しました。職員約1,050人が働き年間30万人の来庁者が見込まれる施設で、新長田が大きく変わることが期待されます。

新長田合同庁舎
新長田合同庁舎

下町芸術祭

近年、新長田エリアには若手のクリエイターやアーティストが多く移住してきています。彼らの活動拠点となることで、空き家や空き店舗の利活用が進んでいます。また地域の方々と協働し、2015年から下町芸術祭が開催されるようになりました。多様な表現方法や価値観がこのまちから生まれ、クリエイティブなまちとして新長田の魅力を高めています。

区の花・区の木

区の花「サルビア」

サルビア

サルビアは広報紙などで広く区の花を公募し、90種2,177通の応募の中から、区民の代表による選考の結果、「小さな花がたくさん集まってすばらしいながめを見せてくれる。長田区もこの花のようにみんなが協力してくれるまちになってほしい」という願いで、1984年12月19日に区の花に選ばれました。

区の木「ハナミズキ」

ハナミズキ

ハナミズキは広報紙などで公募を行い、503件の応募の中から、区民の代表者等による選考の結果、「最多得票を集めている。春に咲く白やピンクの花が美しい。返礼という花言葉は震災で色々とお世話になった長田に適している」などから2003年10月8日に区の木に選ばれました。

区の人口データ

最新の人口データはこちら
毎月推計人口

お問い合わせ先

長田区総務部地域協働課 

このページは役に立ちましたか?皆様のご意見をお聞かせください