最終更新日:2025年12月22日
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日本海や瀬戸内海沿岸には、山を風景の一部に取り込む港町が点々とみられます。
そこには、港に通じる小路が随所の走り、通りには広大な商家や豪壮な船主屋敷が建っています。また、社寺には奉納された船の絵馬や模型が残り、京など遠方に起源ある祭礼が行われ、節回しの似た民謡が唄われています。
これらの港町は、荒波を越え、動く総合商社として巨万の富を生み、各地に繁栄をもたらした北前船の寄港地・船主集落で、時を重ねて彩られた異空間として今も人々を惹きつけてやみません。

神戸大学海事博物館(所在地:神戸市東灘区深江南町5丁目)の所蔵資料として、北前船の和船模型をはじめ、和船の部分実物、船大工の板図や大工道具類、航路図や海路図屏風、絵馬などがあります。

敏馬神社(みぬめじんじゃ:神戸市灘区岩屋中町4丁目所在)は、古来からの海上交通の要衝地である「敏馬の浦」(みぬめのうら)に鎮座しています。航海の安全を祈願して船主・船乗りたちが奉納した船絵馬がまとまって遺されています。年紀の記されているものには、18世紀中頃のものがあります。2006年度には、14扁が市指定有形民俗文化財に指定されています。

神戸海洋博物館(所在地:神戸市中央区波止浜町)の所蔵資料として、北前船のイカリや船箪笥(ふなだんす)、ハカリ、筆箱などがあります。

高田屋嘉兵衛は、明和6年(1769)に淡路島で生まれました。兵庫に出て、北前船で蝦夷地(現在の北海道)との交易で富を築きました。この灯籠は、西出町鎮守稲荷神社(所在地:神戸市兵庫区西出町)の境内にあり、高田屋嘉兵衛が海上交通安全を祈願して献上したものです。

工楽松右衛門(くらくまつえもん)は、北前船の船主であり、帆布の製造法を発明したことで有名です。松右衛門は、文化9年(1812)に亡くなりました。八王寺(神戸市兵庫区羽坂通2丁目)境内にある墓石には、「工楽」ではなく、「苦楽」と刻まれています。

高田屋嘉兵衛が、商売の拠点をおいた店舗跡(神戸市兵庫区西出町所在)に建てられた石碑です。

神戸市垂水区西舞子1丁目に所在しており、北前船で財をなした豪商・北風荘右衛門(きたかぜそうえもん)などが航海の安全を祈願して造営した地蔵です。北風家は代々「荘右衛門」を名乗り、西国をはじめ、山陰地方や北海道から物資を集めて「兵庫津に北風あり」と言われていました。