1. 水族館

昭和36年1月17日、川西 英さん一行が最初に訪れたのは須磨水族館です。1957(昭和32)年にオープンした須磨水族館は、1987(昭和62)年に現在の須磨海浜水族園へと生まれ変わりました。
スケッチ当日は、蛸博士としても有名であった初代館長・井上喜平治さんの案内で、園内を散策されていたようです。井上さんは須磨水族館報告1(1962年発行)の中で、「開館以来、各種水族の収集展示に努めると共に社会教育施設としての道をひたすら歩んで来た。幸い地の利を得ているため、外国航路の船舶によって世界各地の珍しい魚類を次々と収集する事が出来、予想以上の成果を挙げている。」と述べています。みなと神戸という街が、水族館の発展にも寄与していることがわかりました。また、「開館第1年は、予想以上の入館者があった。しかし、同時に魚病が発生して、大量の魚が斃(へい)死したため、観客の整理、水槽の維持で、せい一ぱいという状態であった。」とも述べています。開館当初の苦労は計り知れません。
【アクアランド】
1957(昭和32)年7月、350トンの屋外大型水槽「アクアランド」が完成しました。川西 英さんもこの周辺でスケッチをされている写真が多いようです。開館当初にはアーチ型の大きな屋根はなく、あとから付けられたものだと分かりました。残念ながら、川西 英さんの画にアクアランドのものはありませんでした。その後、この場所には、昭和52年にアザラシ・ペンギン館が建てられました。この建物は、現在、園内で一番古い施設だそうです。




【いこいの泉(噴水)周辺】



【旧本館】
旧本館内の中央には吹き抜けがあり、その1階部分に水槽が複数個陳列してありました。その脇には、1958年当時では、日本一となる全長8メートルもあるシャチの骨格も展示してありました。旧本館があった場所は、現在、プレイランド(遊園地)になっています。2011(平成23)年、このプレイランドに「イルカ"ふれ愛"プール(愛称:ドルフィンピース)」が完成しました。


