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未公開写真編 〜秘蔵ネガフイルムから

昭和36年1月16日(月)

4. 摩耶山天上寺

摩耶山史跡公園(旧天上寺跡)(撮影:2010/4/30)

 この日、川西 英さん一行が4番目に訪れたのは天上寺です。現在、この場所は摩耶山史跡公園になっています。天上寺は、1976(昭和51)年1月の火災で全焼し、公園内には礎石などが、ほぼ焼失前の姿で残っているだけです。したがって、ここを訪れても神戸百景を連想させるものは少ないと思います。川西画で印象に残るのが、多宝塔、毎月講と刻まれた石柱と外灯、そして枝垂れ桜ですが、現在、確認できるのは石柱の一部だけとなっています。

【鐘楼付近】

(左)1961年/(右)2012年

神戸百景をスケッチする姿をとらえた貴重な写真です。

(左)1961年/(右)2012年

【多宝塔、本堂を望む】

(左)1961年/(右)2012年

神戸百景と同じ構図の写真です。特徴ある外灯のデザインが印象深いです。これに似た外灯が妙法寺にもあります。

【摩耶夫人堂】

(左)1961年/(右)2012年

 天上寺は、昔から女人高野などと称され、広く女性の信仰を集めました。とくに安産のお寺として親しまれています。現在の写真中ほど、盛り土の部分に摩耶夫人堂がありましたが、今は礎石を残すのみとなっています。

【本堂裏から山頂へと続く道】

(左)1961年/(右)2012年

 摩耶ロープウェー星の駅から摩耶山史跡公園までは徒歩で10分程の距離ですが、ここの山道もかなり急な勾配です。駅から公園へ向かう途中の下り坂で、モノクロ写真にある祠(ほこら)を手がかりに探しましたが、見つかりませんでした。そこで、帰りの上り坂では、何らかの理由で祠(ほこら)が崩れたものとして、その礎石などを手がかりに探すことにしました。あたりを彷徨(さまよ)うこと30分、どうにか同じポイントを見つけることができました。礎石とその周りの石が、当時と同じ位置にありました。モノクロ写真にある大木の切り株は、朽ちて殆ど分からなくなっていました。

(左)1961年/(右)2012年

 木の切り株を手がかりに探し、こちらはすぐに見つかりました。切り株の根の張り具合など、ほぼ当時のままでした。よく見ると切り株の下に、小さな祠(ほこら)が納まっていました。モノクロ写真でも同行の方が、根の下を撮影されています。ほぼ、このポイントで間違いありません。

 実際に描かれた画は『13.摩耶山天上寺』です。画を見て気がつくと思いますが、枝垂れ桜が満開です。しかし、実際のスケッチは真冬でした。ここでは川西 英さんが神戸百景で桜を咲かせたのです。

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