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更新日:2021年4月2日

東灘区の歴史

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東灘歴史散歩

東灘区の先史から現代までの歴史を編纂した書籍「東灘歴史散歩」を公開いたします。この書籍は昭和55年に区政35周年を記念して発行され、改訂を重ねて区役所等で販売を行っていました。平成29年に販売終了いたしましたが、区民の皆様に広く東灘区の歴史に触れていただけるよう、柔道の父と呼ばれた嘉納治五郎や、現・甲南大学の創設に尽力した平生釟三郎の記述を盛り込むなどした改訂版の改訂版を区のHPで公開いたします。区の歴史に興味がある方はぜひご覧ください。

著作権について

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1.新訂第四版発行にあたって、もくじ、初版まえがき(PDF:396KB)

2.先史(PDF:4,548KB)

3.古代(PDF:8,516KB)

4.中世(PDF:5,300KB)

5.近世(PDF:14,776KB)

6.近代(PDF:10,283KB)

7.現代(PDF:6,509KB)

8.参考資料等(PDF:988KB)

 

東灘小史

先史・古代の東灘


処女塚古墳(航空写真)

住吉東ノ平からは先土器時代の石器が、また本庄・北青木・西岡本遺跡からは縄文時代の遺物が発見されている。原始時代から東灘は南向きの、水も豊かな生活に適した場所であったと思われる。

弥生時代になると水稲耕作が始まり、東灘でも住吉町からもみあとのついた土器や保久良神社で石庖丁が発見されるなど農耕生活の跡がうかがわれる。又、渦ヶ森・森・生駒・本山からはそれぞれ銅鐸が、保久良神社からは銅戈がみつかり金属器の使用を示している。

農耕生活の発展は貧富の差を作り出し、小国家の成立を導いた。その中で成長した豪族達は3世紀以来、自らの権威を誇示せんがため大きな古墳をつくるのであった。東灘でも処女塚・東求女塚・ヘボソ塚などの古墳が築かれた。

4世紀の半ばには大和政権が日本を統一し、氏姓制度をもとに豪族を支配していった。東灘でも、葦屋漢人(あしやのからひと)・大和連(やまとのむらじ)・雀部朝臣(ささべのあそん)・住吉朝臣(すみよしのあそん)・鏡作連(かがみつくりのむらじ)などの豪族の名がみられ、先ほどの古墳もこうした豪族の手によるものであろう。

7世紀になると大化の改新をへて、律令制による中央集権的国家を作ろうという動きが活発となる。律令制によれば東灘は摂津国菟原郡に属し葦原(本庄から芦屋南部)・賀美(かみ)(芦屋北部から本山周辺)・佐才(魚崎一帯)・住吉(住吉一帯)・覚美(かがみ)(御影一帯)の各郷に分けられた。律令国家は公地公民制に基づく班田収授法を実施したが、この時の土地制度が基盤目状に土地を区切った条里制である。深江を東西に流れる高橋川や御影にある一ノ坪、篠ノ坪といった地名はその名残である。

奈良時代にはいると律令制も動揺しはじめ、荘園が出現するのである。法隆寺領の水田や、平安時代には山路荘の名もみられる。

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