最終更新日:2026年8月24日
ページID:17217
ここから本文です。
須磨には、江戸時代から伝わるものをはじめ、さまざまな民俗芸能が伝承されています。
このたび、無形文化財として国や県、市に指定・登録されている民俗芸能や神戸歴史遺産に登録されている史跡等を紹介した冊子を作成しました。
「お面式」といわれる豊作祈祷の行事の中で演じられる今日の翁舞(おきなまい)は、一般に「露払い(つゆはらい)」・「翁」・「三番叟(さんばんそう)」の順で演じられますが、車ではその後に「父の尉(ちちのじょう)」が加わる4部構成で行われ、江戸時代以前の形態を伝えています。この形態は全国的にも珍しく、国の重要無形民俗文化財にも指定されています。
毎年1月14日の19時から、車の大歳神社で、車翁舞保存会により翁舞が行われます。

五穀豊穣、除災招福、無病息災を祈って、鬼の一家がお伊勢まいりをする旅のようすを表し、和太鼓やほら貝に合わせて松明を振りかざす勇壮な踊りは、災いを振り払い福をもたらすと伝えられています。
妙法寺の旧村協議会のみなさんで組織する妙法寺追儺式(ついなしき)保存会によって、伝承されています。

988(永延2)年、太政大臣藤原伊尹(これただ)の三男、藤原英雄丸が勅命により、証楽上人と名を改め、高取山麓に庵を建て、鹿松峠(かのししまつとうげ)に出没していた鬼人を仏教の力で退散させたといわれています。
勝福寺の追儺式(ついなしき)は、このときの鬼人退治の踊りと伝えられ、毎年1月7日の18時から、勝福寺で勝福寺追儺式保存会により行われます。

平安の昔、都を追われて須磨に流されてきた在原行平が、須磨の渚に打ち寄せられた舟板を拾い、それに冠の糸を張り、岸辺の葦を指にはめて掻き鳴らしたことがはじまりと伝えられています。一枚の板に一本の絃を張っただけのその姿から一絃琴(いちげんきん)ともよばれています。
近年は、須磨寺を本拠地として、「須磨琴保存会」が伝承に努められており、須磨区内の各種催しなどで鑑賞いただけます。

毎年、旧暦の8月13日、豊作を祈って行われています。行灯を先頭に列をなし、太鼓にあわせてカネをならして歌いながら村中を歩き、神社に宮入りする行事です。

1月18~20日の厄除祭のお供物とする神饌(しんせん)をつくる行事です。毎年1月16日朝、つき殿のある広場で行われます。長さ1間あまりの樫の棒を持ち、臼の東西に4人ずつ向かい合い、掛け声にあわせて餅をつきます。
