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更新日:2020年10月27日

布引五本松堰堤(ぬのびきごほんまつえんてい)

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神戸市中央区

「水道専用としてはわが国初の重力式粗石コンクリート積ダム。」

明治33年、水道用ダム
表面張石粗石モルタル積アーチ型重力式
総高33.33メートル、堤長110.30メートル、有効貯水容量759,689立方メートル
佐野藤次郎、生田川、神戸市水道局

布引ダム(五本松堰堤)貯水池側

布引ダム(五本松堰堤)

施設の解説

山陽新幹線新神戸駅北側のハイキング遊歩道を登っていくと眼前に巨大な石張りのダムが見えてくる。五本松堰堤である。水道専用としてはわが国初の重力式粗石コンクリート積ダムで、堰堤高33.33メートル、堰堤頂長さ110.30メートル、有効貯水容量は759,689立方メートルである。

神戸の近代水道計画は明治20年(西暦1887年)、パーマーにより作られたが、神戸市議会では、慎重派が多数を占めたため、本格的な調査着手が遅れた。その後、明治25年(西暦1892年)になって「水道調査方針」が定まり、水道布設の調査費が支出できる状態になり、内務省御雇師で工学大学校(現東京大学工学部)の衛生工学教授であったバルトンの案が出された。

その案では内面石張、外面芝張の土堰堤で、堰堤高65尺、貯水容量は約31万トンであった。バルトン案に基づく神戸市水道計画は明治26年9月(西暦1893年9月)政府の承認を得たが、日清戦争の影響等もあり明治29年(西暦1896年)に認可となった。この間、神戸港は横浜港とならび内外貿易、物資輸送の拠点としての地歩を確かたるものとし、人口増などを理由に水道計画は大幅な変更が必要になっていた。

計画変更に備えて呼ばれたのが佐野藤次郎である。神戸市水道建設はバルトン案を基礎に開始されるが、明治31年5月(西暦1898年5月)、内務省は神戸市から出されていた設計の一部変更を認可し、土堰堤はコンクリート堰堤となる。

このダムは当時としては画期的な規模で、しかも西暦1892年に決壊したフランスのブーゼイダムの事故原因となったダム底面への浸透水を排除するため、小孔をあけた鍛鉄製の直径1.5インチの管を157本堤体内に設置して浸透水による揚圧力を防ぐなど、新しい工夫がされていた。

堤体表面は奥行45~60センチメートルの切石を型枠として布積みし、そのまま残した石積みで覆われ、頂部に横一直線の歯飾りがある古典様式の風格ある外観となっている。

頂部側壁の石造銘板には英文で、建設に従事した吉村長策、佐野藤次郎および浅見忠治の名が刻まれている。

現在、五本松堰堤はライトアップも行われ、新神戸駅西側の北野と六甲山上ハーブ園をつなぐロープウェー夢風船からも眺めることができる。

KOBE WATERを象徴するこの歴史的土木構造物は現役の水道施設であると同時に、市民の憩いの場、観光資源としても活用されている。

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