ホーム > 文化・スポーツ > 文化財・民俗芸能 > 神戸の土木遺産と歴史 > 旧・居留地下水渠(きゅう・きょりゅうちげすいきょ)
最終更新日:2026年3月30日
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横浜と並び西洋式下水道としては日本最古。現在も供用されているという意味できわめて貴重です。

開港場の一つになった神戸外国人居留地の都市計画の一環として、イギリス人技術者J.W.Hart(西暦1836年から1900年)が設計・施工しました。
欧米で産業革命による急激な都市人口の膨張、衛生環境の悪化、コレラ等の悪疫の流行から、近代下水道の整備が積極的に進められました。そこで日本においても都市に近代下水道が整備されました。
日本人の居住する神戸市街地では明治25年(西暦1892年)に雨水排除を主目的とする下水道が完成しました。しかし、し尿は、居留地も含めて、肥料として農家に引き取られる時代が続きました。
江戸時代に栄えた兵庫津に隣接するとはいえ、旧居留地は未開の地でしたが、Hartの都市計画により近代都市が生まれ、その後国際港都神戸へと発展します。
現在は国指定重要文化財の第十五番館横の歩道に公開展示が行われており、兵庫県南部地震で被災しましたが復元されています。
神戸大丸百貨店東側の明石町の歩道にある矩形のマンホールの蓋を開けると、イギリス人技術者J.W.Hartが設計・建設した煉瓦巻円形下水道が顔をみせます。
下水道の一部は現在、国指定重要文化財の第十五番館横の歩道に公開展示されています。

旧神戸居留地十五番館