1929(昭和4)年、それまでの神戸郵便局を「神戸中央郵便局」に改称し、東京、大阪に次ぐ日本で3番目の中央郵便局となりました。1949(昭和24)年、生田区元町6丁目から同区栄町6丁目に移転、現在に至っています。
- 中央区相生町1(撮影:2009/7/4)
神戸中央郵便局のルーツをたどれば、開設されたのは1872(明治4)年、名称は「神戸郵便役所」だったそうです。1868年1月1日(慶応3年12月7日)の神戸開港から、はや4年後には存在していたことになります。
1929(昭和4)年、それまでの神戸郵便局を「神戸中央郵便局」に改称し、東京、大阪に次ぐ日本で3番目の中央郵便局となりました。1949(昭和24)年、生田区元町6丁目から同区栄町6丁目に移転、現在に至っています。
場所は、川崎重工業の神戸工場です。今回の撮影で進水したのは、パナマ船籍のばら積運搬船「LUISIA COLOSSUS」号です。この船、全長約190m、総トン数31,000t、載貨重量55,100t、定員28名だそうです。初めて、進水式を見学しました。船主の出す合図で、シャンパンボトルが船体で砕け散り、くす玉が割れ、楽団の演奏とともにたくさんの風船が舞い上がります。そして、船体はゆっくりと神戸港の水中へ。進水の合図までは、1時間近くも待ちましたが、いざ動き出すと、ものの数分で終わってしまいます。立派な船が、毎月のように、神戸の地から生まれていくことを誇りに思います。造船の歴史の1ページを体感した日となりました。
新開地といえば、劇場、映画館など、庶民のくらしに根付いていた大衆文化や娯楽のまちをイメージします。川西 英さんは、湊川近辺では「東山」「神戸タワー」などの画を描いています。当時、神戸タワーや劇場などが大勢の人でにぎわい、どちらかと言えば、そちらのほうが新開地らしいイメージを与えます。では、どうして、この新開地を1961(昭和36)年に描き直すことにしたのでしょうか。理由は他にありました。それは「神戸百景」の依頼主である兵庫新聞(旧神港新聞)が、ここにあったからではないでしょうか。画の中にも社屋が描かれています。この画は、新開地を描くのではなく、兵庫新聞社を描いたと私は見ています。
川西画が描かれた1952(昭和27)年当時、神戸でいちばん華やかだったといわれる新開地です。市電新開地駅として利用されていた三角公園操車場は、1965(昭和40)年に廃止されています。現在は、地下街の換気塔が建っているのみで、人が立ち入ることはできないようです。自動車やバスが行き交う交差点の一角で、ひっそりとしています。
百景の中で、撮影日に気をつかうのが祭りです。何せ、1年を通して1回きりの開催がほとんどです。雨でも降ろうものなら、来年まで待たなければなりません。今回は事前に下見をしました。川西画で描かれている場所の特定と、当日の立ち位置などを確認して帰りました。十日戎当日、調べておいた場所へ行ってみると、予想よりも露店がせり出して並んでいました。商売の邪魔にならないよう撮影を続けていると、露店の人が「にいさん、これ食べると目が良くなって、いい写真撮れるよ」。手渡しでくれたのが豆。豆を食べると御利益があるというのです。邪魔をしないよう気をつけていたのですが、反対に声をかけられてシャッターチャンスを逃すところでした。
神戸にあるお寺というより、山を背景に、京都洛北のような佇まいが感じられます。庭もきれいに手入れされています。こんなすばらしいお寺があることを最近まで知りませんでした。祥福寺のある平野は、神戸で最も古くから栄えた地域です。このあたりは川西 英さんもよく描いており、百景の番外として「石井五十段」「氷室神社」「天王谷」の3作品があります。
「箱木家住宅」は室町時代に建てられ、現存する民家としては日本最古のひとつと推定されています。1967(昭和42)年、国の重要文化財に指定され、通称「箱木千年家」と呼ばれています。1977(昭和52)年まで住居として使用されていたそうですが、呑吐ダム(つくはら湖)の建設により旧所在地が水没するため、2年かけて現在地に移築されると同時に、江戸時代中期以前の姿に復元されたものです。
撮影ポイント確認のため、有馬温泉駅前の土産物店・吉高屋さんのご主人にお話を伺いました。川西画にある右手の建物は、現在、公共の外湯「金の湯」の足湯付近です。左手の土産物店は「有馬玩具博物館」あたりと解説していただきました。その先の街並みは、当時の面影を残したままです。
有馬の温泉街を見下ろす炭酸泉源公園の中に位置しています。私が訪れた時は、人も少なく、ひっそりとしていました。小さなほこらの中に丸い井戸のようなものがあり、ここから炭酸水が湧き出ています。炭酸泉源は透明な銀泉で炭酸を含んでおり、有馬の銘菓「炭酸せんべい」はこの炭酸泉を利用して作られたそうです。
ここは百景中、神戸の中心部からいちばん遠い場所です。三宮から1時間以上もかかります。もより駅は、JR福知山線の道場駅。訪れた時は、ちょうど千苅桜まつりが開催されていました。千苅ダムは、神戸市への上水道供給を目的とした市内最大のダムで、堰堤は1919(大正8)年竣工。高さ約42m、17門のスライドゲートは日本最古だそうです。