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更新日:2019年11月26日

人・街・ながた震災資料室

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1995(平成7)年1月17日(火曜)午前5時46分、神戸の街は「震度7」の激震に見舞われ、長田区も未曾有の被害を受けました。以来、区役所職員は今まで経験したことのない「場」で日夜震災関連業務に従事しました。また、各方面の皆様には、献身的なご支援をいただき、「人と人が支えあうこと」の大切さを学びました。その時の貴重な体験を風化させないために、震災1周年には職員記録誌「人・街・ながた1995・1・17」を発行しました。
そして、被災地の中の長田区役所に、震災の状況を永く記憶するため、「人・街・ながた震災資料室」を1997(平成9)年1月に開設し、職員及びボランティアが運営しています。長田区の震災関係資料を収集保存するとともに一般公開することにより、後世の人々に継承していく活動をしています。

震災資料室展

次のとおり、震災資料室展を開催します。
期間:2020年1月16日(木曜日)から18日(土曜日)まで
時間:午前9時30分から午後5時まで(ただし、16日(木曜日)は午後1時から午後5時まで)
場所:神戸生活創造センター講座研修室(神戸市長田区5-1-32新長田合同庁舎1階)
料金:無料

保管されている資料の一部

夜間中学校の大時計民主教育の歴史を刻む

当資料室には5時46分を指した直径80センチの大時計が保存されている。長田区三番町にあった西野夜間中学校(丸山中学校西野分校)の木造に校舎の壁に付けられ、長年生徒たちを見守ってきた時計。
西野分校は、明治37年に地元の協力で建てられた木造2階建ての校舎だったが、大震災で「立ち入り禁止」になり解体撤去された。この間、授業はテントで行ったり、近くの水木小学校を借りたりし、須磨区太田中学校内へ移転した。
神戸の夜間中学校の歴史は、日本の義務教育のリーダー的存在だった。当時の先生方に聞くと「義務教育となった昭和22年は敗戦の混乱期で、子供らは子守や親の仕事の手伝いで昼間は学校へ来れない子が多かった」。ところが文部省は夜間中学を認めなかったので熱意ある先生方による自主運営で夕間(夕方)学級としてスタートし、その後「パンとミルク」の支給などを制度化させてきた。生徒は大阪・尼崎・姫路・加古川からも通ってきた。

夜間中学校の大時計の写真
夜間中学校の大時計

西野夜間中学(丸山中学校西野分校)の写真
西野夜間中学校(丸山中学校西野分校)

震災当時避難所であった蓮池小学校で湯を沸かすのに使用し、避難者の情報交換の場となった鉄製の大鍋「地獄釜」

蓮池小学校は山陽電鉄・西代駅のすぐ山側にあって、当時1,800人が避難されていた。校区内の被害は全壊(焼)2,272件、半壊(焼)542件で、長田区の中でも被害の大きい地区で、震災復興土地区画整理事業を中心に復興が進められた。
避難所運営は混乱を極めていたが、この釜は早朝の白湯沸かしから炊き出しなどに使われた。いつしか≪地獄釜≫と呼ばれるようになり、避難所生活を送る人々の情報交換、そしてこれからの生き方などを話す交流の場になった。
2004年2月、学校は廃棄処分する予定であったが、ゆかりのある当資料室で保管することになった。

地獄釜写真
地獄釜

みくら防災マップ

平成6・7年生まれの御蔵小学校4年生20名が、震災十年目に、改めて自分たちが住んでいる地域を防災の視点から見直し、調べたことを防災マップに表す学習をした。地域のいろいろな方々にインタビューし校区を歩くことで、知らず知らずのうちに人と人とのつながりの大切さに気づき、みくらの町へ愛着をもつことで防犯意識を高めることができた。

開設から現在までの出展記録

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