更新日:2019年11月1日

兵庫運河の今昔物語

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1.写真で見る兵庫運河今昔

兵庫運河の開削

水面積が約34haと日本最大級の規模を誇る兵庫運河。奈良時代以来,兵庫のまちは「兵庫津」と呼ばれ港を中心に栄えてきましたが,和田岬が船の難所で船の被害が大きかったことから,兵庫出在家町の豪商・神田兵右衛門によって兵庫運河の築造が計画されました。1874(明治7)年に着工しましたが工事は難航し,1876(明治9)年に船舶の避難地として新川運河だけが完成しました。
その後,八尾善四郎などの尽力により,和田岬を迂回するバイパスとして1896(明治29)年に着工され,1899(明治32)年12月に兵庫運河全体が完成しました。このように,幾多の苦難を乗り越えて,民間活力によりこの一大事業が成し遂げられたのです。
開削から100年余りが経った兵庫運河は,それ自体が貴重な歴史資源でもあるのです。

当時の兵庫運河

兵庫運河の現状

兵庫運河は,新川運河,兵庫運河,兵庫運河支線,苅藻島運河,新湊川運河で構成されています。水面積は合計約34haと,日本最大級です。
しかし,大正から昭和初期の頃にかつてあった運河周辺の一大商工業地域としてのにぎわいと活力は現在なく,川崎重工業をはじめ27社の企業(2002年10月現在)が運河とその沿岸を利用するにとどまっています。

貯木場として使われていたころの様子

1993年には,市民に親しまれる運河沿いの空間,散策道として「新川運河キャナルプロムナード」が神戸市により整備されました。延長約350m,水上広場やベンチ,植栽などがあり,市民の憩いの場となっています。兵庫運河は,当初開削された時の目的から,大きくその機能転換を図ろうとしています。

新川運河キャナルプロムナード

浜山小学校前の運河は、かつて貯木水面として港湾活動が行われてきましたが、現在ではその機能がなくなっています。そこで、運河水面をレガッタなどの水上スポーツや地域イベントの場として活用できるように、安全柵等の整備も行いました。今後は兵庫水面の新たな活用などまちの魅力アップによる活性化を図っていきます。

現在の兵庫運河

兵庫運河周辺の歴史

一方で,兵庫運河が位置する兵庫区南部には,神戸市の中で最も古い,奈良時代以来の由緒ある歴史があります。
平清盛の時代には,中国・宋との貿易拠点として,現在の中之島あたりに位置する港の大修築工事が行われ,福原には一時都が置かれたこともあります。後に,兵庫のまちは「兵庫津」と呼ばれ,海陸要衝の地として発展していきました。室町時代には,中国・明との交易,江戸時代には,瀬戸内海有数の港町としてにぎわいをみせます。司馬遼太郎の歴史小説『菜の花の沖』では,近世兵庫津繁栄の時代が生き生きと描かれています。
そして,江戸から明治への転換期,1868年(慶応3年1月)に兵庫港(神戸)が開港すると,明治元年には,最初の県庁がこの地に置かれました。県名にも兵庫の名が採用され,伊藤博文が初代知事となりました。以来,1889年(明治22年)4月の神戸市誕生をはさみ,市街地の急拡大と今日の神戸港発展を支えてきたのです。
しかし,太平洋戦争では空襲で大きな被害を受け,また1995年(平成7年)1月の阪神・淡路大震災を経て,市街地の家屋・施設とともに,多くの史跡や文化財が被災しました。

兵庫津の道

これからのまちづくり

運河周辺の歴史的遺産を保存・復元し,後世に継承していこうと,兵庫区南部では住民の活動が活発に行われています。「兵庫津の道」沿いなどの史跡を紹介する案内看板や説明板が地元の手で整備されています。
関西電力神戸電力所柳原変電所の壁面には,地元小中学生により兵庫津の歴史を表した壁画が描かれています。
兵庫津には,地下鉄海岸線や神戸ウイングスタジアムなど新しいまちの施設も登場しています。新しいものを取り入れる玄関口であった「みなと」兵庫津の歴史を活かして,新旧のものが融合し発展していくまちづくりを進めていきたいと思います。

関西電力変電所の壁画

兵庫運河データ集

1.兵庫運河地区の沿革

新川運河の整備

  • (1)整備年次:1874年(明治7年)着工~1876年(明治9年)竣工
  • (2)整備目的:安全に避難できる場所を設けるため,運河開削会社「新川社」が開削。

明治21年頃
1888年(明治21年)頃

兵庫運河の改修

  • (1)整備年次:1946年(昭和21年)着工~1957年(昭和32年)竣工
  • (2)整備目的:運河の利用効率を高め,運河沿線の土地を工場,倉庫の立地に適するように改良し,兵庫区の発展を図る目的で,運河の拡幅,浚渫による貯木場等の整備が行われた。

昭和34年頃
1959年(昭和34年)頃平成11年頃
1999年(平成11年)頃平成17年
2005年(平成17年)

現在の状況

兵庫運河は,戦後,貯木水面として利用されてきたが,貯木水面への木材入庫量は,木材の輸入方法が原木からコンテナによる製材へ変化したことにより,現在では殆ど利用がなくなっている。
また,運河を水面として利用していた企業も,産業構造の変化等により,減少している。

2.運河の概要

兵庫運河は、新川運河、兵庫運河、兵庫運河支線、苅藻島運河、新湊川運河で構成されている。

運河の概要
名称
位置
延長(m) 幅員(m) 水深(m) 水面積(平方メートル)
兵庫運河計   6,470     337,300
兵庫運河 兵庫区高松町~南逆瀬川町 1,660 40~130 2.0~2.5 114,500
兵庫運河支線 長田区東尻池町~梅ケ香町 760 15~25 2.0~2.5 5,700
新川運河 兵庫区島上町地先~今出在家町 1,530 25~110 3.5 57,700
苅藻島運河 長田区苅藻島町 2,200 50~140 3.5 150,000
新湊川運河 長田区苅藻通 320 25~45 2.0~2.5 9,400

兵庫運河マップ(クリックすると拡大します)

3.新川運河プロムナードの状況

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