遊女町之図(写)ゆうじょまちのず
大正8年に謄写されたもので、薄手の和紙に書かれた福原遊郭の計画図が絵地図に貼り付けられています(色の薄い部分)。「奥行六拾間、横幅七拾間、此坪数四千弐百坪」と記され、約13,860㎡の広さを計画していたことがわかります。南側には大門、その他三ヶ所に非常口、その周囲には高塀と堀が設けられ閉ざされた空間になっています。また、大門の手前の道筋には、両側に商店街を設けています。明治元年、福原遊郭は、現在の宇治川西浜手(東川崎町あたり)に開設され、その後、鉄道敷設のため、明治4年(1871)に新福原に移設されました。
分類 | |
大きさ | 27.0×40.0cm |
その他 | 1枚 |
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