公開資料 解説付き一覧

資料名足利尊氏兵庫合戦 (あしかがたかうじひょうごかっせん)
解 説足利尊氏が新田軍に追われている様子が描かれています。
資料名足利尊氏湊川出船之図 (あしかがたかうじみなとがわでふねのず)
解 説足利尊氏が兵庫から九州へ退却する様子が描かれています。
資料名有馬山絵図 (ありまやまえず)
解 説江戸時代の有馬温泉の地図です。今残っている有馬を描いた図のなかでは、一番版年が古いものです。周りの山や集落は鳥瞰図風ですが、町並みは、測量図をもとにしているようで、正確に描かれています。右下には、有馬から大阪や京都、姫路などへの道程が表記されています。
資料名生田川附近ノ図 (いくたがわふきんのず)
解 説生田川の付替工事は明治4年(1871)で、明治4年3月のこの図には旧新両方が示されています。この付替工事は、加納宗七らが請負ったため、加納町の地名としてその名前が残っています。左端の川は、宇治川です。生田神社の東側にある競馬場は、居留地の外国人たちの娯楽の一つでした。
資料名生田川ヨリ二茶屋図(写) (いくたがわよりふたつちゃやず)
解 説東は生田川、西は神戸村と二茶屋村の堺川まで、北は神戸村支配の林やその山並み、南は汀線までをその範囲におさめています。凡例は、浜他之支配山から家まで七つを示しています。ランドマークとなる生田宮やその他の社寺は絵画風に描かれています。神戸村の居村が他の村落に比べるとひときわ大きく描かれており、人家が多く建ち並んでいた様を看取できます。何を主題としたかは不分明ですが、江戸時代末期のこの地域を知る手掛かりとなる絵図といえるでしょう。
資料名絵葉書 (えはがき)
解 説明治から昭和初期頃までの当時の代表的な観光地をテーマにした絵葉書です。観光の土産物として絵葉書が普及しはじめた頃のものです。
資料名岡方惣会所普請絵図(写) (おかかたそうかいじょふしんえず)
解 説近世の兵庫津は、岡方(地方)と北濱・南濱(浜方)それぞれに惣会所が置かれ、町政が行われていました。この絵図は、その一つ岡方の惣会所の普請に関わり作成された絵図です。岡方の惣会所は小物屋町に置かれていました。「惣代詰所」「筆者詰所」「小使部屋」など各部屋の用途が記載されており、貴重なものといえるでしょう。
資料名小野浜絵図(旧生田川・新生田川間道路設計図)(写) (おのはまえず(きゅういくたがわしんいくたがわかんどうろせっけいず))
解 説小野浜周辺を描いた絵図です。東西は埋め立てられた生田川から新生田川まで、南北は小野浜から鉄道までが描かれています。小野浜造船所の沿革が記されています。