お問合せ ホーム
神戸市文書館
利用案内 刊行物 収蔵資料 検索 展示の案内 神戸史跡地図 神戸歴史年表 リンク
神戸歴史年表
昔の神戸
古代
中世
近世
明治・大正
昭和以降
近世(江戸時代まで)


西暦
年号
事項
備考
新修神戸市史
1568 永禄11 9   足利義昭・織田信長が入京、近畿平定に乗り出す 織田信長の摂津・
播磨平定
第1章第1節1
1569 永禄12 8   織田信長が但馬・播磨に出兵 織田信長の摂津・
播磨平定
第1章第1節1
1570 元亀1     摂津の池田勝正が一族同名衆に襲われ大坂へ逃亡する 織田信長の摂津・
播磨平定
第1章第1節1
1571 元亀2     摂津の和田惟政が池田勝正・荒木村重らとの確執により殺される 織田信長の摂津・
播磨平定
第1章第1節1
1574 天正2     荒木村重が有岡城(伊丹城)の城主となる 織田信長の摂津・
播磨平定
第1章第1節2
1577 天正5 12   須磨寺の仁王門などが火事で焼ける(「当山歴代」) 災害 第1章第1節2
1578 天正6     播磨の別所長治・摂津の荒木村重が織田信長に背く 織田信長の摂津・
播磨平定
第1章第1節2
1578 天正6 11   織田信長が滝川一益らに花熊城の荒木元清を攻めさせる(『信長公記』) 織田信長の摂津・
播磨平定
第1章第1節2
1578 天正6     羽柴秀吉が三木城攻撃に際し湯山街道を整備する 織田信長の摂津・
播磨平定
第1章第1節1
1579 天正7 6 28 羽柴秀吉が淡河市庭に楽市の制札を出す 織田信長の摂津・
播磨平定
第1章第2節1
1579 天正7 11   有岡城が落城、荒木村重は尼崎城へ移る 織田信長の摂津・
播磨平定
第1章第1節2
1579 天正7     羽柴秀長が別所方の淡河城を攻める 織田信長の摂津・
播磨平定
第1章第2節1
1580 天正8 1   三木城が落城、別所長治自殺 織田信長の摂津・
播磨平定
第1章第1節2
1580 天正8 7   池田信輝が花熊城を落城させる 織田信長の摂津・
播磨平定
第1章第1節2
1580 天正8     織田信長が西摂・播磨で検地を行う 織田信長の摂津・
播磨平定
第1章第1節2
1580 天正8     池田信輝が花熊城を壊し、その用材で兵庫城を築く 織田信長の摂津・
播磨平定
第1章第2節1
1582 天正10     池田恒興(信輝)の長男元助が兵庫に在城して神戸地方を支配する 織田信長の摂津・
播磨平定
第1章第2節1
1583 天正11     池田氏が岐阜城に移り、尼崎・兵庫が三好秀次(秀吉甥)に与えられる 豊臣秀吉の
全国統一
第1章第2節1
1583 天正11     大坂城普請のため、神戸などからも石材が集められる 豊臣秀吉の
全国統一
第1章第2節1
1583 天正11     この頃、正直屋宗与が兵庫津の秀吉下代として船役銭等の徴収にあたる 豊臣秀吉の
全国統一・ 兵庫津
第1章第2節1
1585 天正13 2   羽柴秀吉夫人北政所が湯山阿弥陀堂に薬師寺建立費と寺領100石を寄附する 豊臣秀吉の
全国統一・ 有馬温泉
第1章第2節1
1585 天正13 3   羽柴秀吉が、紀伊出兵のため兵庫津より兵糧輸送船を徴発する 豊臣秀吉の
全国統一
第1章第2節1
1585 天正13     尼崎・兵庫などが秀吉の蔵入地となる 豊臣秀吉の
全国統一
第1章第2節1
1587 天正15 5   豊臣(羽柴)秀吉の島津氏攻略に際し、兵庫津が兵站港として利用される 豊臣秀吉の
全国統一
第1章第2節1
1590 天正18 7   小田原攻めに際し、兵庫津が毛利水軍の拠点として利用される 豊臣秀吉の
全国統一
第1章第2節1
1590 天正18 10 4 豊臣秀吉が有馬で茶会を行う 豊臣秀吉の
全国統一・ 有馬温泉
第1章第2節1
1594 文禄3     文禄の太閤検地 豊臣秀吉の
全国統一
第1章第2節2
1594 文禄3     湯山に豊臣秀吉の別荘が建てられる 豊臣秀吉の
全国統一・ 有馬温泉
第1章第2節1
1596 慶長1 閏7   慶長の大地震 災害 第1章第2節2
1596 慶長1 11 17 朝鮮出兵に際し、摂津の浦々に御公儀水主役が課せられる 豊臣秀吉の
全国統一
第3章第6節3
1599 慶長4 2 2 有馬善福寺の大清宗灌が「有馬縁起」を著す 有馬温泉 第2章第5節2
1600 慶長5 10 15 播磨52万石が池田輝政領となる 領主の変遷 第2章第1節1
1600 慶長5 11 29 池田輝政が淡河に禁制を出す 淡河・池田氏の
明石藩政
第2章第5節2
1601 慶長6 1 18 有馬則頼が淡河から三田へ移封され有馬郡を領す 領主の変遷 第2章第5節2
1601 慶長6     池田輝政が播磨国の検地を開始 池田氏の明石藩政 第1章第2節2
1602 慶長7 5   豊臣秀頼が須磨寺を再興する 災害 第1章第2節2
1602 慶長7 7 28 有馬則頼死去、嫡子福知山藩主豊氏が有馬郡を領す 領主の変遷 第2章第5節2
1602 慶長7     片桐且元らが兵庫津の地子改めを行い、地子高が軽減される 兵庫津 第1章第2節2
1604 慶長9 11   山田庄・福原庄などの間で山野の権益をめぐる争論(中一里山争論)が起こる 争論 第2章第3節3
1605 慶長10 9   国奉行片桐且元の指揮により摂津国絵図が作成される 幕府の諸政策 第1章第2節2
1606 慶長11 12   摂津国内の駄賃馬荷物付け替えの場所が兵庫・有馬など8ヶ所に限定される 交通 第2章第5節1
1607 慶長12     朝鮮使節が来日、兵庫津に寄港する 兵庫津 第3章第7節1
1610 慶長15     有馬豊氏が有馬郡の検地を実施 有馬氏の
三田藩政
第2章第1節3