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灘の酒造業
1 在方酒造業地灘
2 日本酒のルーツ
3 江戸積みの酒
4 近世前期の酒造地域
5 近世前期の灘酒造業
6 酒造働人の出稼ぎ
7 灘の江戸積み酒造業の興り
8 摂泉十二郷の成立と天明8年の株改め
9 灘・今津の酒株
10 樽廻船と新酒番船
11 江戸の酒問屋
12 文化文政期の灘酒造業と上灘郷の分裂
13 天保3年の新規株
14 宮水と水屋
15 屋の酒荷物積み出し状況
16 幕末の灘酒造業
17 摂津十二郷の解散
18 酒の自由営業
16 幕末の灘酒造業
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  文化・文政期に大きく飛躍した灘酒造業は、前述したように天保3年に新規株が認められましたが、天保期以降の酒造制限により取得した株に見合っただけの稼働はできませんでした。また、江戸の酒問屋からの売上代金の送付が滞りがちになることが多く、2年越し、3年越しになっていることも酒造家にとって大きな問題でした。
  安永年間から天明年間(1772〜89)頃摂泉十二郷酒造仲間が成立しましたが、仲間の成立は、伊丹・西宮ほか従来の酒造仲間が、新興の灘・今津酒造仲間を包含し、江戸の酒問屋に対して荷主としての地位を確立させることにありました。そして、そのトップに大坂三郷の酒造大行司が着任し、江戸問屋とのすべての折衝に当たりました。
  ところがここまで灘酒造業が大きくなると、大坂三郷酒造大行司を通してしか江戸問屋と交渉できないということが問題になります。
  1つは、最近江戸からの酒代金の送付が滞り3年越となっているため、酒造人は資金繰りに窮し高利の借金をしなければならず、2つには、6歩を江戸問屋の売り捌き口銭としてきたが最近これについても守られていない。3つに、江戸問屋のこのような勝手なやり方を是正してくれるよう三郷大行司へ相談しても取り上げられない。4つに、いささかのことでも諸郷が参会するので過分の入用がかかり、この費用は諸郷の江戸積み高に割賦して集銀するため、灘五郷で7割までを負担している。
  灘五郷の酒造仲間はこのような不満を訴え、灘については特別に「江戸積酒造年寄役」を設け「商法駆け引き取り締まり」をしたいと願い出ていますが、認められるところとならなかったようです。
  このようななかで、慶応元年(1865)江戸問屋から、六歩の口銭を1割とするよう要求してきました。そしてもし拒否すれば取り扱わないという強行なものです。これは結局8歩ということに落ち着きましたが、幕末期の荷主(江戸積み酒造家)と江戸問屋の力関係が見て取れる一件です。
  灘郷と他九郷の対立は激しくなり、慶応2年には、灘五郷は十二郷の減醸申し合わせを無視し、あるいは十二郷の総会の席への出席を拒否するなど、十二郷は、灘五郷と他9郷に分裂して、「十二郷取締方万端総崩れ」という状況となりました。幕藩制度の行き詰まりが噴出した世相とともに、江戸積み酒造業も差し迫った経営状態にあり、酒問屋に対する立場を好転させるため、自主的に現在の商取引慣行を改善しようと働きかける灘五郷と、旧来の酒造地域である9郷が歩み寄ることなく、近世の体制の崩壊とともに摂泉十二郷も解体することになります。
  表−11に天保13年の諸郷の酒造人数と造石米高を示し表−12に天保期から慶応期にいたる江戸入津樽数を示します。

表−11 1842(天保13)年諸郷酒造株
(『灘酒経済史料集成』より作成)
人数 (人) 総酒造米石高
伊丹   137535石3165
池田 18 28305石3300
今津 26 43004石7960
西宮 38 54200石0000
東青木村 10 14265石6000
西青木村 1 772石8000
深江村 5 3967石7900
打出村 4 791石0000
芦屋村 1 10石0000
住吉村 12 23594石3990
御影村東組 11 15038石7500
御影村西組 29 75761石3000
東明村 6 19924石9000
石屋村 13 28029石8800
新在家村 13 27134石1000
篠原村 1 978石8800
脇浜村 8 19134石4800
神戸村 13 14590石0000
二つ茶屋村 6 12800石0000
魚崎村 20 41415石4000
横屋村 6 2300石0000
大石村 21 48149石7840
岩屋村 7 7729石0060
河原村 2 1930石3800
稗田村 1 528石2600
摩耶山天口寺領 3 5482石6970
岩屋村   4690石0697
五毛村 1 880石0000
八幡村 7 8820石0000
尼崎 8 3385石7500
伝法村 14 16491石6570
兵庫 30 19375石5295
大阪三郷 296株 137463石1070
他に 15 10250石0000
  5株 2409石4100
諸郷計   664250石8150

表−12 幕末期の江戸入津高の変遷
(『灘酒造経済史料集成』より作成)
地域 1831(天保2) 1843(天保14) 1845(弘化2) 1855(安政2) 1866(慶応2)
樽数(樽) 比率(%) 樽数(樽) 比率(%) 樽数(樽) 比率(%) 樽数(樽) 比率(%) 樽数(樽) 比率(%)
541596 49.1 467980 53.5 532356 54.2 364360 54.3 360850 53.0
今津 60904 5.5 66633 7.6 75006 7.6 79299 11.8 107284 15.7
伊丹 190854 17.3 148135 17.0 159269 16.2 60695 9.1 37533 5.5
西宮 91876 8.4 70857 8.1 76444 7.8 87325 13.0 113112 16.6
池田 44440 4.0 16669 1.9 18004 1.8 6467 1.0 5141 0.8
尼崎 5700 0.5 1090 0.1 800 0.0 1072 0.2 - -
兵庫 13261 1.2 22155 2.5 24226 2.5 13726 2.1 19568 2.9
北在 23477 2.1 12916 1.5 17397 1.8 3686 0.5 126 0.0
伝法 48677 4.4 40248 4.6 44570 4.5 32411 4.8 24399 3.6
大坂 69538 6.3 27690 3.2 33460 3.4 21642 3.2 13190 1.9
2488 0.2 210 0.0 150 0.0 280 0.0 124 0.0
合計 1102911 100.0 874583 100.0 981722 100.0 670963 100.0 681327 100.0