文化・文政期に大きく飛躍した灘酒造業は、前述したように天保3年に新規株が認められましたが、天保期以降の酒造制限により取得した株に見合っただけの稼働はできませんでした。また、江戸の酒問屋からの売上代金の送付が滞りがちになることが多く、2年越し、3年越しになっていることも酒造家にとって大きな問題でした。
安永年間から天明年間(1772〜89)頃摂泉十二郷酒造仲間が成立しましたが、仲間の成立は、伊丹・西宮ほか従来の酒造仲間が、新興の灘・今津酒造仲間を包含し、江戸の酒問屋に対して荷主としての地位を確立させることにありました。そして、そのトップに大坂三郷の酒造大行司が着任し、江戸問屋とのすべての折衝に当たりました。
ところがここまで灘酒造業が大きくなると、大坂三郷酒造大行司を通してしか江戸問屋と交渉できないということが問題になります。
1つは、最近江戸からの酒代金の送付が滞り3年越となっているため、酒造人は資金繰りに窮し高利の借金をしなければならず、2つには、6歩を江戸問屋の売り捌き口銭としてきたが最近これについても守られていない。3つに、江戸問屋のこのような勝手なやり方を是正してくれるよう三郷大行司へ相談しても取り上げられない。4つに、いささかのことでも諸郷が参会するので過分の入用がかかり、この費用は諸郷の江戸積み高に割賦して集銀するため、灘五郷で7割までを負担している。
灘五郷の酒造仲間はこのような不満を訴え、灘については特別に「江戸積酒造年寄役」を設け「商法駆け引き取り締まり」をしたいと願い出ていますが、認められるところとならなかったようです。
このようななかで、慶応元年(1865)江戸問屋から、六歩の口銭を1割とするよう要求してきました。そしてもし拒否すれば取り扱わないという強行なものです。これは結局8歩ということに落ち着きましたが、幕末期の荷主(江戸積み酒造家)と江戸問屋の力関係が見て取れる一件です。
灘郷と他九郷の対立は激しくなり、慶応2年には、灘五郷は十二郷の減醸申し合わせを無視し、あるいは十二郷の総会の席への出席を拒否するなど、十二郷は、灘五郷と他9郷に分裂して、「十二郷取締方万端総崩れ」という状況となりました。幕藩制度の行き詰まりが噴出した世相とともに、江戸積み酒造業も差し迫った経営状態にあり、酒問屋に対する立場を好転させるため、自主的に現在の商取引慣行を改善しようと働きかける灘五郷と、旧来の酒造地域である9郷が歩み寄ることなく、近世の体制の崩壊とともに摂泉十二郷も解体することになります。
表−11に天保13年の諸郷の酒造人数と造石米高を示し表−12に天保期から慶応期にいたる江戸入津樽数を示します。
表−11 1842(天保13)年諸郷酒造株
(『灘酒経済史料集成』より作成)
郷 |
人数 (人) |
総酒造米石高 |
伊丹 |
|
137535石3165 |
池田 |
18 |
28305石3300 |
今津 |
26 |
43004石7960 |
西宮 |
38 |
54200石0000 |
東青木村 |
10 |
14265石6000 |
西青木村 |
1 |
772石8000 |
深江村 |
5 |
3967石7900 |
打出村 |
4 |
791石0000 |
芦屋村 |
1 |
10石0000 |
住吉村 |
12 |
23594石3990 |
御影村東組 |
11 |
15038石7500 |
御影村西組 |
29 |
75761石3000 |
東明村 |
6 |
19924石9000 |
石屋村 |
13 |
28029石8800 |
新在家村 |
13 |
27134石1000 |
篠原村 |
1 |
978石8800 |
脇浜村 |
8 |
19134石4800 |
神戸村 |
13 |
14590石0000 |
二つ茶屋村 |
6 |
12800石0000 |
魚崎村 |
20 |
41415石4000 |
横屋村 |
6 |
2300石0000 |
大石村 |
21 |
48149石7840 |
岩屋村 |
7 |
7729石0060 |
河原村 |
2 |
1930石3800 |
稗田村 |
1 |
528石2600 |
摩耶山天口寺領 |
3 |
5482石6970 |
岩屋村 |
|
4690石0697 |
五毛村 |
1 |
880石0000 |
八幡村 |
7 |
8820石0000 |
尼崎 |
8 |
3385石7500 |
伝法村 |
14 |
16491石6570 |
兵庫 |
30 |
19375石5295 |
大阪三郷 |
296株 |
137463石1070 |
他に |
15 |
10250石0000 |
|
5株 |
2409石4100 |
諸郷計 |
|
664250石8150 |
表−12 幕末期の江戸入津高の変遷
(『灘酒造経済史料集成』より作成)
地域 |
1831(天保2) |
1843(天保14) |
1845(弘化2) |
1855(安政2) |
1866(慶応2) |
樽数(樽) |
比率(%) |
樽数(樽) |
比率(%) |
樽数(樽) |
比率(%) |
樽数(樽) |
比率(%) |
樽数(樽) |
比率(%) |
灘 |
541596 |
49.1 |
467980 |
53.5 |
532356 |
54.2 |
364360 |
54.3 |
360850 |
53.0 |
今津 |
60904 |
5.5 |
66633 |
7.6 |
75006 |
7.6 |
79299 |
11.8 |
107284 |
15.7 |
伊丹 |
190854 |
17.3 |
148135 |
17.0 |
159269 |
16.2 |
60695 |
9.1 |
37533 |
5.5 |
西宮 |
91876 |
8.4 |
70857 |
8.1 |
76444 |
7.8 |
87325 |
13.0 |
113112 |
16.6 |
池田 |
44440 |
4.0 |
16669 |
1.9 |
18004 |
1.8 |
6467 |
1.0 |
5141 |
0.8 |
尼崎 |
5700 |
0.5 |
1090 |
0.1 |
800 |
0.0 |
1072 |
0.2 |
- |
- |
兵庫 |
13261 |
1.2 |
22155 |
2.5 |
24226 |
2.5 |
13726 |
2.1 |
19568 |
2.9 |
北在 |
23477 |
2.1 |
12916 |
1.5 |
17397 |
1.8 |
3686 |
0.5 |
126 |
0.0 |
伝法 |
48677 |
4.4 |
40248 |
4.6 |
44570 |
4.5 |
32411 |
4.8 |
24399 |
3.6 |
大坂 |
69538 |
6.3 |
27690 |
3.2 |
33460 |
3.4 |
21642 |
3.2 |
13190 |
1.9 |
堺 |
2488 |
0.2 |
210 |
0.0 |
150 |
0.0 |
280 |
0.0 |
124 |
0.0 |
合計 |
1102911 |
100.0 |
874583 |
100.0 |
981722 |
100.0 |
670963 |
100.0 |
681327 |
100.0 |
|