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江戸へ積下り申す初め兵庫において北風彦太郎也、鴻池新左衛門まだ歩行にて馬付にいたし、酒下し申され候時分に、話次申され候は彦太郎殿には手船三艘御座候由、殊に酒屋なされ候、然れば江戸へ酒積下しなされ候事安き様に存じ候、何とて油断なされ候やと申され候、右の彦太郎申され候は、左様の事存ぜず候、殊に江戸大廻り致し候船御座なく候、何程に売仕切り参り候と尋ね申され候処に、元付六両位にて、江府付の時分に五十五両より六十両の仕切見せ申され候、然ば少々江戸へ積み下し申すべく候とて、五十駄三十駄づゝ江戸へ下し申され候、兵庫より江戸へ酒積み申す初め、この彦太郎也、その後伊丹一家中、酒戸(ママ)の酒積み致され候、およそ万治中より也
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