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>>江戸時代 >>近代・現代 >>居留地関係文書 >>雑誌(明治〜昭和初期)

 居留地関係文書

文書名
神戸開港(居留地)関係資料(複写)
解題
 同資料群は、神戸市中央図書館所蔵神戸開港・居留地・神戸村文書の複写の一部である。神戸開港当時の史料と、『続通信全覧 類聚之部』(三港勅許・摂海四夷渡来一件・兵庫開港勅許一件・兵庫開港大坂開市書類(全)・大坂外国人居留地一件・兵庫外国人居留地一件・兵庫開港一件・江戸大坂開市兵庫新潟開港延期一件写)と大きく二つにわけられる。前者については、(1)外国人雇入関係文書、(2)居留地における土地家屋の貸借および、その他の紛争に関する文書、(3)外国人との商業取引に関する文書、(4)海運関係文書、(5)その他(止宿届・工業許可願・日本明治移民会社に関する文書・居留地外国人の伝染病等に関する文書・鯉川筋水吐トンネル工事一件文書・清国人墓地一件)が含まれている。
 神戸居留地の建設は、慶応3年(1867)4月13日、日本政府と諸外国の外交代表の間で結ばれた「兵庫港並びに大坂に於て外国人居留地を定むる取極」にもとづいて、当初慶応3年12月7日の完成を目途に幕府によって開始され、居留地の範囲は、生田川から宇治川間であり、必要に応じて六甲山麓に拡張するものと定められた。しかし幕末の混乱期ということもあって、工事の完成にはなかなかいたらなかったため、その間の臨時措置として慶応4年3月3日に「兵庫雑居地約定」が取り交わされることとなった。雑居地域は生田川から宇治川、海岸から山辺と画定された。最終的に居留地造成工事は慶応4年6月16日に完成したが、雑居地は居留地完成後も存続した。
 同資料は、上記のような居留地・雑居地の実態、その内外の情勢(外国人による居留地運営・兵庫県庁等とのやりとりなど)を知ることができるのであり、神戸居留地研究上、重要な資料群であると言えよう。
備考
・閲覧可/複写可
・原本は神戸市中央図書館
・上記については、『神戸市立図書館所蔵神戸開港・居留地・神戸村資料目録』を参照した。


文書名
兵庫裁判所文書(複写)(1)『兵庫裁判所文書』(一)〜(七)(2)『兵庫裁判所文書集』明治7年(3)『兵庫裁判所文書集』明治13年(4)『兵庫裁判所文書集』明治15〜17年(5)『兵庫裁判所文書集』1882〜1884年(6)『兵庫県庁書翰』明治18年(7)『神戸裁判取来書』明治14年
解題
 (1)『兵庫裁判所文書』(一)〜(七)は、兵庫県令等がイギリス領事や代理副領事等にあてた書翰集である。慶応3年(1867)12月23日から明治6年(1873)10月28日まで、合計1061通の書翰が保存される。発信者からの分類をすると、@兵庫県庁、A兵庫裁判所、Bその他(大蔵省、大阪府等)に区別され、また文書の内容からは、@外交・渉外事務に関するもの−雑居地税規則の制定に対する意見紹介、A日本人とイギリス人の法的紛争の処理に関するもの−日本人が債権者や被害者である場合に、イギリス領事の適切な処断を要求するもの、逆に日本人が債務者、加害者の場合に、イギリス領事からの申し入れに対し回答したものなど、Bその他などに区分される。
 残り(2)〜(7)のうち、(2)〜(4)、(6)は和文であり、(5)と(7)は英文である。
(2)〜(4)は兵庫裁判所長から英国領事にあてた書翰や、裁判関係書類である。個々の事案についての経過や交渉過程などを知ることができる。(6)は、兵庫県令森岡昌純(のちに内海忠勝)などから、英国領事にあてた書翰であり、裁判関係のものが多数であるが、中には居留地の土地や衛生に関するものも含まれている。
 (5)は、イギリス領事館から神戸裁判所へあてられた書翰や裁判関係書類などであり、(7)は神戸裁判所からイギリス領事館にあてた書翰のうち英訳した文章をまとめたものである。
備考
・閲覧可/複写可
・原本は神戸市立中央図書館
・上記については、洲脇一郎「新修神戸市史編集史料(三)−イギリス領事裁判録−」(『神戸市史紀要 神戸の歴史』第10号,1984)、「明治初年の華僑と西洋人」(上)(下)(『神戸の歴史』第21号,1991・第23号,1993)を参照した。