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4.馬具と馬
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(執筆・ 近藤 好和)

 馬具

 馬具の使用は軍陣に限定できない。しかし、軍陣にとって重要な具であることは変わりはない。 馬具とは、広い意味では、騎乗具である鞍具を中心として、飼育具や調教具などの馬に関わるすべての道具をいう。しかし、ここでは鞍具だけを取り上げる。 その内容は、銜・手綱・鐙(あぶみ)・鞍橋(くらぼね)・(したぐら)・鞦(しりがい)などであり、また鞭(むち)なども含まれる。これらの装具すべて揃ったのが皆具(かいぐ)の鞍具であり、 十世紀以降の皆具の鞍具に唐鞍(からくら)・移鞍(うつしぐら)・大和鞍(やまとぐら)・水干鞍(すいかんぐら)などの種類がある。このうち中世の軍陣で用いられた鞍具は、大和鞍と水干鞍であり、 そのうち後者はもっばら室町時代から軍陣では使用され、源平時代の軍陣で使用されていたのは大和鞍である。そこで、以下は大和鞍の各具の解説となる。

銜・手綱
 馬に騎乗者の意志を伝えるための、鞍具のうちでもっとも重要な装具である。鉄製をふつうとし、馬の口に銜えさせる啣(はみ)とその両端の鏡板(かがみいた)からなり、 鏡板には手綱を取り付ける水付(みづつき)(引手(ひきて)とも)と面懸(おもがい)を取り付ける立聞(たちきぎ)が付く。銜は面懸で馬に取り付けられるのである。 手綱は、麻布などを三重に折り畳んで用いる。手綱といっても綱ではない。
 なお、馬は前歯と奥歯の間に、歯槽間縁(しそうかんえん)といって歯のない部分があり、啣はそこには銜えさせるのである。
銜と手綱(國學院高等学校蔵)
銜と手綱  拡大
(國學院高等学校蔵)



舌長鐙(國學院高等学校蔵)  馬に騎乗する足掛りであると同時に、騎乗時に足を乗せる装具である。大和鞍や水干鞍の鐙は、袋鐙(ふくろあぶみ)(武蔵鐙(むさしあぶみ)とも)という日本独特の形状で、 足裏全体を乗せることのできる長い舌を特徴とし、軍陣用は舌がさらに長く扁平な舌長鐙(したながあぶみ)となった。こうした形状の鐙は、踵に重心を置き、足を踏ん張り、 鞍壺(くらつぼ)から立ち上がることを容易にした。
舌長鐙  拡大
(國學院高等学校蔵)


鞍橋
 馬の背に置く騎乗具で、世界史的にみれば、銜よりもその成立ははるかに遅れるが、のちには鞍具の中心となった。単に鞍ともいう。 構造は前輪(まえわ)・後輪(しずわ)と、両者をつなぐ居木(いぎ)からなり、木製で螺鈿・蒔絵などの漆工装飾が施されるのがふつうである。 居木には、馬膚と鞍橋の間の緩衝となる(したぐら)(膚付(はだつけ)と切付(きっつけ)の二枚からなる)、膚付と切付の間に入れる泥除けである障泥(あおり)、鐙を吊す力革(ちからがわ)などが取り付けられ、居木には鞍褥(くらしき)が置かれ、 その腰を下ろす部分を鞍壺といった。
鞍橋
(國學院高等学校蔵)
 鞍橋の固定には腹帯(はるび)を用いたが、腹帯の結び方に居木で結ぶ居木搦(いぎがらみ)と前輪で結ぶ前輪搦があり、軍陣ではよりしっかりと結ぶことができる後者であった。 前輪・後輪には、(しおで)という韋緒丸絎の羂(わな)が左右ふたつづつ付くが、ここには、鞍橋の固定と装飾を兼ねた胸懸(むねがい)と尻懸(しりがい)を結びつけた。


 面懸・胸懸・尻懸の総称である。その材質は、紅の組紐製が多く、また装飾として総(ふさ)を垂らすことも多い。軍陣では総が長くて密な厚総(あつぶさ)が多く用いられた。 面懸(國學院高等学校蔵) 胸懸(國學院高等学校蔵)
面懸  拡大
(國學院高等学校蔵)
胸懸  拡大
(國學院高等学校蔵)
尻懸  拡大
(國學院高等学校蔵)


 

 馬の体高は、前脚の蹄から頸の根元の甲骨(きつこうこつ)という部分までの高さで測る。 日本の馬は体高四尺(約一二〇センチ)を基準とし、これを小馬といい、それより一寸(約三センチ)ごとに表記し(寸は「き」と読む)、五寸(いつき)(四尺五寸)を中馬、五尺以上を大馬というが、 五尺を越える馬はなかなかいなかった。サラブレッドは、低い馬でも体高一六〇センチはあるから、それと比べれば小型であったことがわかる。
 この点は、鎌倉材木座で多量に出土した、鎌倉時代の馬の骨や、現在残る木曽馬などの在来種からもわかる。 そこで、日本の在来馬は小さいといわれ、西洋馬の基準でポニーに相当するという。確かに体高はポニーに相当するかもしれないが、 この比較は在来馬に対して弱々しいイメージを植え付けやすい。体高は同じ様であっても、能力までがポニーと同じではない。
 また、日本の在来馬の体高は、現在の競馬で使用されているサラブレッドやアラブ種などの大型馬と比べれば確かに小さいが、 馬という種全体からみれば標準的な大きさであり、日本の馬だけがことさらに小さいわけではない。競馬用に改良されたサラブレッドやアラブ種の大きさが特殊なのである。
馬は群をなすのが本能だが、サラブレッドは他の馬が近付いてくるのを嫌うという。そうした点からサラブレッドは馬とはいえないという意見もある。 こうした日本の在来馬の能力は、軍記物語に「太く逞しい」・「早走りの逸物」・「曲進退」などと表現される。 しかし、実際のところは不明で、現在の在来種からの類推も避けるべきである。馬とて何百年の時間を経ているからである。
 ただし、大鎧以下の武具を着装した騎兵は体重ともに一〇〇キロは超えるから、馬力があったことは確かで、気性の荒い駻馬であったあろう。 なお、明治時代以前の日本には、蹄鉄(ていてつ)や去勢の技術はない。また、諸外国では左側から馬に乗るが、日本では右側から乗った。
『馬形の衝立障子』より(國學院高等学校蔵)
馬形の衝立障子』より
(國學院高等学校蔵)  拡大