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更新日:2021年3月22日

放水路隧道

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建設年代

明治39年(1906年)2月~明治41年(1908年)3月

施設概要

山岳トンネル
延長:264.3メートル、幅:3.0メートル、内空高:3.0メートル、勾配:1/75

特徴

間知石練積の矩形坑門

放水路隧道上流側坑口
上流側坑口

放水路隧道下流側坑口
下流側坑口

放水路隧道上流側坑口(内部から)
上流側坑道口(内部から)

布引ダムの集水域である生田川流域も含めた六甲山系は荒廃地であり、ダムへの濁流土砂の流入が予想外に多かったため、放水路(隧道部)を掘削して、濁流を既存の放水路に接続して、ダム下流に放流する工事を明治39年に着手しました。

なお、植林が必要と思われていましたが、貯水池の建設計画には組入れられておりませんでした。生田川上流域で植林作業に着手されたのが、明治35年(1902年)11月13日でした。

建設当時には、流入側坑門にはストニー式と呼ばれる開閉装置を備えた鉄ゲート(縦横2.1メートル)があったため、洪水時にゲートを上げて濁水を下流側に放流していました。

しかし、貯水量が減少した場合には、ゲートを閉鎖して濁流水もダムに流入させていました。現在もゲート跡の鉄ブタが散策路上に見られます。

地山が硬い花崗岩であるため、素堀で施工されていますが、一部地山の悪い箇所ではコンクリート(厚さ30センチメートル)で補強されています。

また、側壁及び底面はモルタルを用いて粗石が張られており、区間延長は72.9メートルとなっています。

隧道の勾配は1/75であり、従来の放水路(開削部)に接続した箇所では約3.7メートルの段差が生じています。

神戸市会史(昭和43年発行)によると、明治38年12月に、布引放水トンネルの用地買収の議案が提出され、トンネルの地上部に永久地役権(後に議会で訂正→使用収益並ニ通行ノ権利)を設定することが了承されました。そのため、隧道の工事着手が明治39年にならざるを得なかったと思われます。

放水路隧道 図面

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