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更新日:2020年12月23日

臨時会見 2020年(令和2年)12月23日

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市長臨時会見についてお届けします。

 

会見資料はこちら(PDF:10,876KB)

 

 

 

新長田駅南地区震災復興第二種市街地再開発事業の検証について

司会:

 それでは、お時間になりましたので、新長田の震災復興再開発事業の検証に関する臨時会見を始めます。

 まず、会見の出席者の御紹介をさせていただきます。このたびの検証有識者会議座長で兵庫県立大学大学院減災復興政策研究科教授、加藤恵正様です。久元喜造神戸市長です。

 それではまず、久元市長より検証の概要について、続いて加藤座長より検証内容について、最後に今後の取組について市長に御説明いただきます。それでは、よろしくお願いいたします。

 

久元市長:

 今日はお集まりいただきまして、ありがとうございました。新長田駅の南地区震災復興第2種市街地再開発事業につきまして今回検証を行いましたので、その報告を加藤恵正先生にお願いしたいと思います。

 私のほうからまず口火を切らせていただくわけですが、阪神・淡路大震災によりまして新長田地区は壊滅的な被害を受けました。そこで、「被災権利者の早期の生活再建」、そして「災害に強い安全・安心なまちづくり・都市機能の更新」を目的といたしまして、震災復興第2種市街地再開発事業を実施していきました。この事業の完了時点で326億円の収支差が発生する見込みとなっています。こういうこともありまして、今回外部委員による有識者会議を設け、客観的、専門的見地から意見をいただき、検証を実施してきました。この有識者会議は、不動産鑑定、経済、都市計画、建築計画、会計の専門家と経済界からの5名といたしまして、座長を、事業開始当初から関わっていただいております兵庫県立大学大学院の加藤恵正教授にお願いいたしました。加藤先生、今回は本当にお世話になりまして、ありがとうございます。この会議は、第1回を8月に開催いたしまして、これまで4回開催いたしました。検証につきまして御議論をいただいていたわけです。

 それでは、この検証の概要につきまして、加藤恵正先生から説明をお願いしたいと思います。よろしくお願いします。

 

加藤教授:

 御紹介いただきました兵庫県立大学の加藤でございます。どうぞよろしくお願いいたします。

 今回のJR新長田駅南側の再開発は、阪神・淡路大震災の復興の象徴的な形で皆さんにご紹介等々されていたということであります。その大きな理由は、1つには巨大な災害から迅速に、とにかく早く復興しなければならない。この地域には4,456名の皆さんが住んでいらっしゃって、この皆さんの住まいを確保するというのが最大の目的でもあったわけであります。2つ目には、やはり19.9ヘクタールという大きな規模の再開発であるということと関わっております。第2種の再開発規模としては、東京では例えば100ヘクタール近いものもあるんですけれども、しかし非常に大きな規模であったことは間違いありません。この地域にはたしか992棟の建物があったはずですけれども、その83%は焼失、半壊、全壊という状況であったわけで、そういう意味では、この大きな地域全体をどのように再生していくのかというものが大きな課題でありました。

 

 さらに、今日までまだ続いているわけですけれども、非常に時間が長くなっている。第2種に限らず、再開発事業はどうしても長くかかるわけですけれども、この間の様々な課題が顕在化したこともまた事実であります。こういうことを踏まえて、この検証委員会ではともかくきちっとした事実を積み重ねようということでデータを収集し、また埋もれていたものもあったと聞いていますけれども、様々な書類、文献等も集めながら、さらに20名を超える関係の皆さんへのインタビューを通して全体像を作っていくということに大きくエネルギーを費やしたといいますか、これはもう事務局の皆さんの尽力でありますけれども、そういうことで今回のレポートが作られつつあるということであります。

 

 私ども、そういうようなことで、4回、今、市長から御紹介いただいた議論をしてまいりました。ここに書いていますように、この事業そのものの目的は被災権利者の早期生活再建が最大のものでありますし、また副都心にふさわしいまちづくり、安全で安心なまちをつくっていくということも大きな狙いであります。このレポート、まだ完成途上ではありますけれども、読んでいただければ、おおむね様々な支障も含めてこの目標は達成されているというふうに私どもの委員会としては評価をしているところであります。私どもの委員会は、神戸市がつくった委員会ですけれども、別に神戸市の意見を言う委員会ではありません。おおむね達成されているのは私ども委員会の総意と考えていただけばいいと思います。

 

 しかし、先ほど申しましたように、幾つかの論点あるいは争点があったことも事実でありまして、まず第1のものは、都市計画決定が発災から僅か2か月後に行われたというのが第1の争点でありました。2月26日に被災市街地復興特別措置法が国によってつくられました。このときに、これは2年間建築制限を行うということで、当初予定していた3月17日での都市計画決定よりもより期間が長いものであったわけですけれども、このときに最大2年延長できるということで、十分に知らせる時間を置いてという意見が大変多く出され、都市計画決定そのものに対して反対する意見があったことも事実でありました。一方、ビジョンを早急に示すことによって、より早いこの地域の再生を図っていく、さらに建築制限、都市計画にしますと2か月、無秩序な街の再生の防止、無秩序に街が再生という方向を含めて変わっていくのを防止するということを定めました。さらに、こういう都市計画決定をすることによって事業用仮設住宅、仮設店舗の建設などを行う、あるいは補償に対する税の特別控除といったようなメリットがあったことも事実でありますので、結果的には市はこちらの都市計画決定を行ったわけであります。

 

 私ども委員会としては、この事実をきちっと整理することで、市の決定を、これが良かったか悪かったかという判断を私どもは行わないという、この争点に関してはこういう事実があったということでお話だけをしておきたいと思います。

 

 実はこういう都市計画決定も含めて、背後には今回適用された第2種市街地再開発事業の仕組みがあります。皆さん御存じのように、こうした市街地再開発事業、もともとは日本の高度経済成長期、地価がずっと上昇していく、再開発すれば地価が上昇していく、保留床が生まれて、その保留床を処分することによって全体がうまくいくという一種のマジックのような仕組みを我々は持っていたわけです。しかし、1995年、震災が起きたときに、もう既に日本の社会経済情勢はこれに耐えられるような状況ではなかったということも事実でありまして、一方、じゃあ別の仕組みがあったのかというと、それはなかったわけです。そういう意味では、この第2種市街地再開発事業に緊急に適用するということは致し方なかったことだと感じられるわけであります。しかし、そのまま適用したのでは、こうした緊急であり、非常に大きな基本のところに適用しない。そういう意味では、この第2種市街地再開発の仕組みをいかに柔軟にここに適用していくのか。新長田の再生にいかにフィットするような形でこれを適用していくのかということがそのときに求められていたはずであります。

 

 ここに書かれているのはちょっとハード的なことですけれども、その際にやっぱり重要であったのは、都市計画そのものを2段階にするという手法を取られた。都市計画決定した後に住民の皆さん、事業者の皆さんと十分話合いをしながらまちづくりをしていくという方策を取られたという、これが最も重要なところだと思います。さらに、神戸市には専門のまちづくりコンサルタントの方が震災前から随分いらしてまちづくりをサポートされていたんですけれども、その皆さんがこの取組に入られて、きちっと現場との、事業者の皆さん、住民さんとの接点になったということも大変重要なポイントではなかったかということになります。もちろん、まちづくり協議会は重要な組織で、こうした新しいプレーヤーというんですか、あるいはスムーズにこの事業を促していくためのプレーヤーが介在していたことも大変重要なポイントではなかったかというふうに思います。もちろん、ハード的には計画変更を再三行ってこられたということも、柔軟にこうした制度を適用していく重要なポイントであったと思います。資料にはあると思いますけれども、超高層住宅の取りやめ、さらに工区を細分化しながら、地域の皆さんの要望に応えながらこの制度を使いこなしていく、使っていくということが1つでありました。

 

 さらに、特定建築者制度を使う。これは民間の力をこうした公的な仕組みの中に取り込むというところで、私どもも大変これは重要なポイントではなかったかと思っております。民間のノウハウ、市場ニーズをうまくこの中に組み込んでいくという点では非常に重要であったというふうに思います。ただ、ここに書いておりますように、商業床の問題についてはやはり様々な問題が出てきたということも、またこれは事実でありまして、これは次に説明をさせていただきたいと思います。

 

 ここに書いてますように、商業軸に沿った配置をすることができ、三層構造、これについては評価も様々でしたけれども、こうした構造が造られたということであります。この結果として、商業床については現在も様々な課題があると、これはもう皆さんよく御存じのとおりであります。やはりこの背景には、事業が大変長くかかってしまったということと関わっているかと思います。この間、社会情勢、基本的には経済情勢が必ずしもよくなかった。この辺りは東日本大震災の後とは最も違うポイントであろうかと。具体的にはやはり地価がなかなか上がらなかったということがあって、冒頭申し上げましたけども、日本全体がそういう方向であるということとこの辺りは共通しているかもわかりません。

 

 それと、もう1つは、当初4万8,000平米であった商業面積を5万2,000と設定して、これはもともといらっしゃった方、皆さんが当然そこにお戻りいただけるということでこの面積を想定していたわけですけれども、様々な事情がおありだったかと思いますけれども、半数ぐらいの方はそこからやはり途中でここに入ることをやめられたという経緯もあって、商業床そのものは、最終的には権利者生活再建床は47%ぐらいになってしまった。この辺りがやはり今の新長田地区の商業の課題とされています。結果的には、にぎわいに課題があるというふうなことであります。

 

 この辺りは皆さん御存じのところですし、昨日もいろいろ聞いていただいていると思うんですけれども、住宅のところに対しては、現時点で大体1.4倍ぐらいになって、そういう意味では新長田のあの地区は、住宅としての再生は非常にうまくいっているというふうに考えていいものと思います。

 

 工業に関しては、複合的な、そういう用途を持つ再開発ビルの中になじまないということで、地区外での再建、御存じように兵庫の復興工場などのその辺りにいらっしゃる。実際には明石とか西神なんかにも移っていらっしゃると伺っておりますけれども、いずれにしましても、ここでの工業の復興はなかったということであります。

 

 夜間人口1.4倍、昼間人口も震災前の水準を上回っている。経済波及効果、これは産業連関表を使って計測した結果でありますけれども、大体もともとの事業費の約4倍ぐらいにはなっている。

 

 ここも、既に私どもの検証委員会が始まる前に発表されているところでありますけれども、300億円を超える赤字であったということでありますけれども、要因としては、やはり地価が高いという時期での用地取得、これが下落していったということですね。長期化に伴う借入金利子の増大といったことが背景になっているところであります。

 

 教訓ということで、これも委員会でも随分議論いたしました。1つはやはりガバナンスに課題があったということだろうと思っております。1つは、行政の意思決定の在り方、この辺り、本当に25年前、こういう巨大な災害が起きることを本当に想定していなかったということもあって、試行錯誤であったと思うんですけれども、しかし、行政が意思決定する上で、常にPDCAサイクルを回しながら、状況を見つつ、機動的に変化をして意思決定を変えていくということも必要であっただろう、一旦決めたらそのままずっといってしまうということではなくて、その変化に対応した意思決定というのが欲しかったということが1つであります。

 

 もう1つは、地域の皆さん、被災された事業者、住民の皆さんの情報共有の在り方とも関わっているんですけれども、そうした行政サイドと地域の皆さんとの情報共有の在り方、さらに、地域の皆さんの中での情報共有の在り方、この辺りもやはりこれから今後、十分に考えていかなければならないポイントなんだろうというふうに思っております。

 

 もう1つはリスクのマネジメント。先ほど申しましたように、非常に長期にわたる事業であります。社会経済情勢はどんどんどんどん変わっていくわけで、それ自体がやはり大きなリスクになるわけですけれども、そういう意味では計画変更、今回できる限りの計画変更がなされましたけれども、その辺り、既に制度設計の中にあり得ることだということで組み込んでおくということも必要ではなかったか。さらに、当然これはリスクでもあるわけですけれども、そのリスクをどのように担保していくのかも仕組みの中に組み込んでおくということが必要であったんだろうということであります。

 

 ちなみに、この再開発の制度については、阪神・淡路大震災以降、随分進化していることも事実で、様々な低容積型の再開発であったり、あるいは地権者の皆さんが集まってまちづくり会社をつくられて、全員が小さい再開発会社を生むという仕組みであったり、いろんな仕組みがつくられていたんですけれども、そうしたようなことの今回、ある意味では出発点、教訓となったというようなことだろうと考えています。

 

 最後にですけれども、やはり事前復興というのは大変重要なポイントになっておりますけれども、そのための人材育成、それからコミュニティーなども、やはりこういうことがあり得るということを前提に考えていく。我々は南海トラフというものを事前に控えてというのも変ですけれども、これはもうすぐ来るだろうということを前提にしていますし、南海トラフだけではなく、多くの自然災害も、コロナもそうですけれども、直面しているということもあり、そういう意味ではやはり人材育成は極めて重要だというふうに認識しているところであります。

 

 最後に、この検証作業を終えまして思いますことは、1つはやはり、せっかくこれだけの苦労をして、地域の皆さんも大変な苦労の中で、行政のほうも全力を投じて再開発のものですので、これをいかに使いこなしていくのか、これに尽きるのではないかという気がしております。そのためには様々な仕組み・仕掛け、あるいは大胆な、これまでなかったような政策も必要かというふうに思います。

 

 震災当初、事業者の皆さん、住民の皆さん、計画サイド、神戸市のこの地域をよりよくということで、みんな同じ方向を向いていたと思うんです。このインタビューの中にも、新長田のの皆さんは、三宮に負けないような長田に、新長田にという思いも伺っております。神戸市のほうも、副都心としての新長田の位置づけ、新しいまちづくりということで意欲を持っていたわけで、やはりこうした経済情勢の変化、あるいは複雑な仕組みも相まって、同じ方向を向いているんだけれども、公と民の間にやや、ひずみといいますか、が出てきたことも事実であると思います。公民連携というのはまちづくりでは最も重要なキーワードであります。そういう意味では、このまちを使い尽くしていく上で、新しい公民連携の姿を見せていただきたいというふうに思っております。

 

 私のほうからは以上です。

 

久元市長:

 加藤先生、どうもありがとうございました。

 改めまして、加藤先生をはじめ、今回の検証に携わっていただきました皆様に感謝を申し上げたいと思います。新長田南地区の再開発事業は終結するということになります。終結するに当たって、この事業は大変長い期間がかかりました。そして、この事業の成果と、そしてこの検証の結果見えてきた課題、これを真正面から見据えて、新長田地区のさらなる発展というものを考えなければいけないというふうに考えております。

 

 今後の大きな方向性としては、1つはやはり、地域の、新長田の中で完結するのではなくて、新長田の外の地域から多様な人材を呼び込んで、そしてこの新長田で商売をやっている皆さん、お住まいになっている皆さん、様々な活動をされている皆さんと一緒に、新たな新長田の地域づくりをしていくということが重要ではないかというふうに思います。

 

 この整備地区の中には、新たなマンションも建設されてきました。今もこの建設が続いています。外から来られる皆さん。そして、病院も造られます。兵庫県のほうでは県立総合衛生学院、あるいは大学のサテライトのキャンパスも造られます。さらなる夜間人口、昼間人口も増えるということになります。バス路線の再編や駅前広場の整備などによりまして利便性を高め、外からたくさんの方々にここに移っていただき、そういう地域外からの人材の呼び込みという、これを今後、力を入れて進めていきたいというふうに思います。

 

 もう1つは、その一方で、この地域の中で回遊し消費するということができるまちということです。加藤先生は、この再開発事業を使い尽くすということが大変大事だというふうにおっしゃいましたが、そういう視点で、地域内で回遊し消費するということです。

 

 そういう一助として、神戸市としては、地下の空間、私も何回も何十回も歩いたと思うんですけれども、残念ながら、まだ少し暗いイメージもありますから、これを魅力のある地下空間として創出をし、回遊性を向上させる地下空間のリノベーション、これを行っていきたいと思っています。

 

 さらに、この再開発地区の中に、既存の施設に加えて、福祉・医療関連の進出についての取組。これも、総合衛生学院が移転をするということも念頭に置いた取組もしていきたいというふうに思います。

 

 それから、先ほど加藤先生からコミュニティーづくりについてのお話がありました。みんなが愛着を持って住むことができる、そういうまちになるようにコミュニティーづくりを進めていく。新長田の合同庁舎も完成いたしまして、地域連携会議もつくられています。そういうような場と、それから、この地域では、外国人の方が震災の後にたくさんお住まいになられるようになってきました。定住外国人の皆さん、そして子育て世代の皆さん、そして学生の皆さんも増えていく、これからも増えることになると思いますから、そういう皆さんが連携をして、みんなで住み続けるまちになることができるようなコミュニティーづくりというものに力を入れていきたいというふうに思います。

 

 この現状ですけれども、鳥瞰図、空中写真で御覧をいただきますと、新長田の合同庁舎、これは令和元年に完成をいたしました。県・市の職員、それから、神戸市のすまいまちづくり公舎の職員など、約1,000人の職員が増えたわけです。こういう職員ができるだけ新長田のまちを巡ってもらおうと。ランチを食べたり、夜も、今はコロナで一定の制約がありますけれども、回遊をしてもらうというような取組もしてきました。

 

 そして、これができた後、残りの工区が3つと。3つの工区が残ることになったわけです。まず最初の工区、大橋3第4工区ですね。これは分譲マンション91戸ということで、来年の6月に完成をするということになっています。それから、大橋7第第2工区、これは病院と分譲マンション80戸、これは令和5年の3月に完成をいたします。そして、腕塚5第3工区については、県の総合衛生学院、大学のサテライトキャンパス、これが令和5年7月に完成をする。このことによりまして、さらなる夜間人口、交流人口の増加につながる。約1,000人の増加が見込まれる。学生諸君・職員合わせて約1,000人が増加をするということになります。こういう形で、残った工区についてもめどをつけることができました。

 

 そして、この新長田の駅前広場です。現在は、御覧いただいているように、噴水広場やベンチあるいは植栽など、憩いの空間として利用されておりまして、地域の皆さんが清掃していただいたり、大変協力をして参画をしていただいています。地下駐車場・駐輪場、地下鉄の動線として、エレベーターや階段、スロープなどが整備をされているわけです。

 

 先ほど申し上げましたように、交流人口を増やす。新長田の交流駅をもっと使っていただくためには、やはりバス路線の効率的な再編を行うということを念頭に置いて、バスロータリーの整備が必要だというふうに考えています。この駅前広場の再整備に当たっては、バス、それからタクシー、一般車両の乗降ということが便利にスムーズにできるようにするとともに、憩いの空間でもあり、また、自然を感じることができるような空間の確保についても念頭に置いた整備をしていきたいと思っています。

 

 また、長田区では、ここ数年前から「ながた緑プロジェクト」というのを進めておりまして、長田区の南部の地区というのは緑が少ないのではないかということで、小学生の皆さんにも参加をしていただいた取組を行っています。そういうような活動とも連携を行いながら整備を進めていきたい。令和6年度の供用開始を目指し、進めていきたいと思います。

 

 それから、加藤先生もお触れになりました3層ネットワークが整備をされていくということで、地下空間のリノベーション、これが必要です。これについては、再開発ビルの地下通路ということで、壁面等の遊休スペースを活用いたしまして、デジタルサイネージの設置やベンチなども設置をしたいというふうに考えております。

 

 大橋地下道のウォールギャラリーですけれども、これも整備をしましたが、さらにイベントの開催や企画、展示ができるなど、さらなる利活用を進めていきたいというふうに考えています。

 

 アスタくにづか5番館の地下空間ですけれども、これについては、現在、リニューアルを進めておりまして、来年の3月に、この市の床を活用して、卓球場がオープンをする予定です。

 

 西神・山手線の新長田駅については、これは一度御説明を申し上げたことがありますが、リニューアルに向けて、駅のデザインを市民の皆さんに決めていただくウェブ投票、これを来年の1月18日まで受け付けております。

 

 こういう形で、事業により整理されたこの新長田地区の再開発ビル、そして地下空間は、神戸市にとって大変大事な、市民にとっても長田区民にとっても大変大事な財産です。これを使いこなすということが必要です。事業によりできたまちの基盤、活動ペース、これを生かしまして、県・市入居機関、地元商業者の皆さん、地域団体の皆さんで構成された新長田合同地域連携会議も活用いたしまして、公民連携による地域主導の発展を目指していきたいというふうに考えております。

 

 私からは以上です。

質疑応答

記者:

 2つの側面への対応が難しかったということですが、被災者の早期生活再建というのはほぼ達成できたというお話でしたけれども、まちのにぎわいとかも含めまして、副都心にふさわしいまちづくりのベースというのが今どの程度達成したという、今、総括として、市としてはどういうふうに考えていますでしょうか。

 

久元市長:

 やはり、先ほど加藤先生からもお話がありましたように、夜間人口は1.4倍に増えました。しかし、にぎわいづくりということから見ると、これは、実際の就業人口を見ても震災前に届いていないし、それから、実際にまちを歩いた皮膚感覚としても、やはり十分なにぎわいがあるというふうには言えない状況ですね。

 

 そこで、ここ数年は、とにかくにぎわいをどうつくっていくのか、昼間就業人口をどう増やしていくのかということに注力をしてきました。それが新長田の合同庁舎の建設であり、また、総合衛生学院や大学のサテライトの誘致、これは兵庫県の協力に感謝をしたいというふうに思いますが、それ以外にも、病院なども造られています。こういう形で、これからにぎわいがかなり生まれてくるのではないかと。地下空間の整備などとも相まって、にぎわいが相当生まれて、新長田はこれから大きく変わっていくだろうというふうに思います。

 

記者:

 一方、今、先ほど、卓球場を整備するといったアスタくにづか5番館ですね。あそこの駅と直結しているところですけど、合同庁舎ができた後も飲食店街がやっぱり機能しなかった。なかなかその波及効果は難しいところがあると思うんですけれども、ここについてはどのような。

 

久元市長:

 新長田の合同庁舎による一定の交流人口の増加というのは間違いなかったというふうに思います。しかし、同時に、まちが画期的に見違えるように変わったかというと、そうではないわけですね。ですから、さらに続けて、先ほど申し上げましたような、総合衛生学院の誘致ということも今後組み込まれますから、にぎわいはこれから増えていくだろうというふうに思います。

 

 もう1つは、私も頻繁に新長田を訪れていますけれども、やっぱりコロナ影響があります。飲食店の閉店なども、実際に、物すごく、どんどん店が閉店しているというわけではありませんけれども、そういうような状況もありますから、やはりこのコロナの今の状況をどういうふうに乗り切っていくのかということが、そういう課題がこの新長田においても当てはまるというふうに思います。

 

記者:

 復興事業ということですが、商業床の整備についてお伺いしたいんですけど、復興事業ということで、庁内にブレーキをかけるつもりはなかったと先ほど有識者会議の委員長の説明がありましたけれども、教訓の中に、状況の変化に対応しながら、事業途中段階で見直すことの必要性というのは上げられていますが、神戸市としても、やはり商業床の整備についてどこかの段階で見直すべきだったのではないかというような部分はありますか。

 

久元市長:

 どこかの時点で、これは見直し、立ち止まるべきであったのかとまではこの検証報告ではおっしゃってはいないのではないかというふうに思います。やはり不断にPDCAを回しながら進めるべきではなかったかということだろうというふうに思います。

 

 と同時に、先ほど御紹介もありましたように、神戸市としては、工区を分けたり、柔軟な対応をしてきたということも事実であるというふうに思います。やはり大きな問題は、もう既にこの震災が起きたときには我が国がデフレに入っていて、相当地価の下落が始まっていたわけですね。その後もずっと地価の下落が続きました。そのことによって、新長田の資産価値というものも下落をしていったわけです。そして、そういうような観点からも含めて、この新長田再開発事業に対しての収支差というものがずっと発生をし続けて、一般会計からの繰り出しによってこれを補塡したということが続いたということだと思います。

 

 ですから、この事業が始まってから、市としては必要な見直しを行うことができたというふうにも思いますし、同時に、社会情勢も非常に大きく変わっていったので、そういうような変化と戦いながらこの事業を進めていった。そしてその成果については、被災された方に戻ってきていただくという目的、昼間人口を増やすという目的は達成することができたわけですけども、同時に、にぎわいづくりについては、今もまだ課題があるとともに、一般会計からの財政負担が発生をした、今も一般会計から補塡をしている、そういうような課題があり続けて、これはまだ、この事業の終結までそれと向き合わなければいけない、これが、神戸市政が今置かれている現状認識だというふうに考えています。

 

記者:

 今おっしゃった、まちのにぎわいの課題というのに対しまして、その事業を主導してきた行政としては、どこにその問題、要するに一番の反省点といいますか、そこはどこにあるとお考えですか。

 

久元市長:

 やはり、反省点ということについては、この検証報告書に触れられているように、やはりPDCA、庁内でもう少し検討すべき点があったのではないかということではないかと思います。同時に、実際に事業をスタートさせて、それからこの震災復興事業というのは、やはり計画段階、設計段階、工事段階、完成段階と、かなり時間がかかるということが事実ですから、当初予定をしていた被災者の方々が、ここに本当に戻っていただけるのかどうかということについては、どうしても計画段階と、それから実施段階との間の乖離が生じる、これは大規模な震災復興事業については避けられない課題ではなかったかなというふうにも思います。

 

 例えば、東日本大震災から来年で10年になりまして、津波で大きな被害を受けた地域では高台移転が積極的に進められてきましたけれども、これもほとんどの地域で予定どおりの方が戻ってはいないという状況があります。これは非常に難しい問題ですけれども、震災復興事業においてはそういうことが出てくるということはやむを得なかったと思います。同時に、この時期においては特に、先ほども申し上げましたけれども、地価の下落が進んでいた、地価の下落、デフレとの戦いであった、新長田再開発事業については、そういうデフレとの戦いでもあったという認識を新たにいたします。

 

記者:

 全体で326億円の赤字って、経済情勢の変化が要因だったということですけども、既に計画段階、平成7年時点から地価の下落というのは非常に早いスピードで起こっていて、それが見通せなかったのか、それがなぜなのかといったところの検証はどうなっているんでしょうか。

 

久元市長:

 この点については、既にそういう地価の下落というのは起こっていたけれども、先ほどもご紹介がありましたように、新長田の再開発、このエリア、新長田のエリアは神戸市内でも非常に大きな被害を受けたエリアで、997棟のうち83%が壊滅した。この被害を受けた方々を、どう早期に入居していただくような再開発事業、スペースを造るのかということが喫緊の課題であったわけです。ですからこれを、とにかくスピード感を持ってやらなければいけないということで、これは異例のことだったと思いますが、1月17日に発災をし、2か月後の3月17日に都市計画決定をしております。この点の評価はいろいろあろうかと思いますけれども、やはりとにかく、被災者の方に入ってきていただく場所というものをどうつくろうかというのが、当時の神戸市政にとっては避けて通ることができない、目の前に存在していた課題であったと思いますし、そういう危機を、スピード感を持って対応したということだというふうに理解をいたします。

 

加藤教授:

 私のほうからも一言よろしいでしょうか。

 もう、市長おっしゃったことでありますけれども、検証委員会の議論としては、そのときに使える仕組みというのは第二種の再開発事業しかなかった。本来であれば、新長田再生のための新たな仕組み・仕掛けを構築してというのが、時間があれば、私は本来あっただろうという気はいたしますけれども、そんなことは夢のような、妄想なわけで、現実に適応していったということだと思うんです。その中で、従来の、否応なく使った仕組みを、いかに柔軟に新長田に適用していくのかということであります。

 

 それともう1つは、新長田は、いわゆるインナーシティーというところに、核心部にあるわけで、御指摘のように、既に1970年から80年代をピークに、人口、商業施設なども減少過程に入っていた、地価も恐らく下がっていっていただろうと思うんです。ただ、あのとき、ヒアリング、皆さんのインタビューを聞かせていただきますと、先ほど申し上げましたけれども、やはりこの再生事業の中で、もう一度、新長田の新しい力を発揮できないかという思いは地元の皆さんも持っておられましたし、また、市当局も多分そのような位置づけであったと思うんですね。そういう中でこの事業がスタートしたということであります。

 

 残念ながらというか、ある程度、当初予想されていたとおり、地価そのものはなかなかうまく反転することはなかったわけでありますけれども、しかしあの事業がなければ、恐らく、より悪化した地域、衰退という言葉が適当かどうかは分かりませんけれども、厳しい状況にあの地域はなっていただろうというふうに思っております。

 

記者:

 今、新長田の新庁舎含めて、周辺の整備が進められていると思うんですが、さらに収支が悪化する可能性というのは、このコロナの状況も踏まえて、ないのでしょうか。

 

久元市長:

 収支が、この事業そのものについていうならば、収支が悪化するということはないというふうに思います。つまり、当初見込んだ収支差額というものが326億あるわけですが、これについては事業のために起こした起債の償還を、この事業からする一方で、一般会計から繰り出しをいたしまして、326億のうち、令和元年度でですね、299億の、既に繰入れを行っています。ですから既に、今後必要となる補塡額27億というもの、これはもう、まずこの金額としては確定しているというふうに思います。

 

 それともう1つは、保留床がまだ残っているわけですね。この点については、保留床を売却するということに全力を尽くすわけですけれども、もしもこの保留床が予定どおり売れないということになれば、その分、将来的な一般会計の負担というものは発生をします。しかしこれは、もう既に、それは額としては見込むことができているわけで、それについては計画的に一般会計から繰り出しをすることによって解消するということになっています。これ以上、この新長田の再開発事業によって、神戸市の予期しない収支不足が発生するということはないというふうに考えています。

 

記者:

 先ほどの保留床の件なんですけれども、これを今回の赤字額の中に入れずに、収支差としたのはなぜかということをもう一度伺いたいのと、保留床を売却するプランというか、計画というのは何か立てられているんでしょうか。

 

久元市長:

 まず、保留床については一定の部分を貸し出ししておりまして、賃貸収入が入ってきているという状況です。しかし、これは再開発事業を起こした事業に対応する起債の償還額には到底及びませんから、その分の繰り出しは続いているということですね。ですから保留床の売却ということは、これからも考えていかなければなりません。ぜひこれを、どういう活用をするのかというのはこれまでも課題であり続けてきましたけれども、今後も様々な方策、民間事業者の様々な意見を聞きながら対応を検討していきたいと思います。

 

記者:

 保留床を赤字額の中に入れない理由というのは。

 

久元市長:

 これは赤字として確定しているわけではありませんから、これは資産としてあるわけですね。ですからこれが計画的に売却できれば、これは回収できるということですから、初めから赤字として算定をするということは、この再開発事業のルールからは、そういうような対応の必要はないというふうに考えております。

 

記者:

 この25年間の中で、保留床がこれだけ今も残っているということについては、市長はどう思われますか。

 

久元市長:

 繰り返しになりますが、やはり、1つはこの、先ほども申し上げましたけれども、計画をした段階と実際に事業を進捗する過程で、実際に被災者がここに戻って事業をしようというふうに考えておられた方が、その後の状況の変化によってそういう選択をされなかった。つまり域外で商売をしたい、開業された方が発生をしたということですね。もう1つは地価の下落によって資産価値が下落した、こういう、大きく言うとそういう要因で、この保留床の収支差額ということになるわけですけれども、そういうものが発生したということだと思います。

 

記者:

 先ほどの神戸新聞さんの質問と少しかぶってしまうんですけれども、神戸市さんが今回、当時の市の担当者などにヒアリングをしっかり行っていて、その中で出てきている、庁内でブレーキをかける者がいなかったという、当時のガバナンスの体制で、先ほど市長も、そこの質問で、PDCAサイクルを今後ちゃんと回して、さらに今回の件では、庁内でもう少し検討すべき点があったのではというお声もありましたけども、具体的にまたどういったところをもう少し検討するべきだとお考えなのかというところと、当時の庁内でブレーキをかける者がいなかったというガバナンス体制についてはどうお考えでしょうか。

 

久元市長:

 その点については、検証委員会の立場で検証されたというふうに思いますけれども、神戸市の立場からで言うと、これは、その当時の市政としてはぎりぎりの判断をしたということだと思います。1月17日に発生をして3月17日にこれを決定した、反対も、先ほども御紹介がありましたように反対もあった、当時はまだ、被災者が学校にも避難をしているような状況の中で、やはり目の前に困っている方の救援・救出するということを最優先にすべきではないのか。この時期に震災復興事業を都市計画決定するということについては、ハード優先のまちづくりではないかというような批判が市民の中にもあったし、また、世論としてもそういうような批判も強かったと思います。

 

 しかし、そういう中でぎりぎりの判断をしたのは、やはりここは非常に大きな被害を受けたので、被災された方に戻っていただく、そういうような住居、そして商業施設を緊急に造る必要があるというぎりぎりの判断をしたということだと思います。

 

 ですから、そこは、まさにこれは非常事態でしたから、非常事態の中で庁内でもどれぐらいの議論があったのかということはよく分からないですけれども、当時の市政として最終的にこれをスピーディーに実施するという、ぎりぎりの判断をしたということだと思います。

 

 この結果何が起きたのかということについては、様々な当初の見込みとの違いによる収支不足というものが発生をして、一般会計に負担がかかったということもありますが、同時に、この新長田の再開発事業だけではありませんが、神戸の場合には、早期に住宅の復旧が進んで、仮設住宅がその後に急ピッチで造られたわけですけれども、あわせて仮設住宅の解消も5年足らずで解消しています。復興事業、それから借上げ住宅、市営住宅の建設などと合わせて、神戸の場合には仮設住宅をスピーディーに開設して、被災された方の住居を確保するということについては、これは相当素早い対応をすることができたのではないかと思います。

 

 このことは決して状況が違いますから、一概に比較をするというのは難しいかもしれませんけれども、東日本大震災の被災地においては、仮設住宅の解消がなかなか進んではいないという状況を考え合わせれば、当時の決定ということについては、やはりぎりぎりの判断をして、その成果は、被災された方に対する住宅の提供をスピーディーに行うことができたという点で、成果が上がったのではないかと思います。

 

記者:

 ありがとうございます。

 成果が出た部分については早期の住宅再建であったり、商業床をつくったりだとか、そういった部分にしっかり出ていると思うんですけども、市長も先ほどの質問の発言で、「もう少し検討するべき点があったのでは」とおっしゃっていたので、市長としてはどこに対してそういったことを思われていたのかということを伺ってよろしいでしょうか。

久元市長:

 これは正直、全く予期しない震災があって、目の前に早急に救出をしなければいけない人、早急に仮設住宅を提供しなければいけない方々が多数発生し、全く予期しない危機的な状況の中でぎりぎりの判断をし、そして、目の前の現実と格闘をし続けた日々ではなかったかと思います。

 

 こういう中で、目の前の救出・救援、災害応急対策とともにまちの復興ということをスピーディーにやっていく、ぎりぎりの対応をした結果だと思いますから、もう一度その日々を私の立場から検証して、「いや、あれはああいう判断をすべきではなかったか」とか「こんな検討をすべきではなかったか」ということを、もう1回これを振り返って考え直すということについては、なかなか困難な面があろうかと思います。

 

記者:

 何点かお伺いしたいんですけれども、まず326億円の赤字は市の財政的にどれぐらい痛手というか、ダメージの幅なんですけど、教えてください。

 

久元市長:

 それは326億円の収支不足ということです。

 

記者:

 今後もこういうところに影響が出そうだみたいな、そういうところは何かありますでしょうか。

 

久元市長:

 先ほども御説明をしましたけれども、この326億円の収支不足については、一般会計から既に299億円の繰入れをしておりますから、将来的なつけ回しということについては、ほぼないと考えています。ただ、既に299億円の予期しない一般会計からの繰入れを行った。一般会計から見れば繰出しを行ったということは、それだけ一般会計に負担をかけたということ、これは紛れもない事実だと思います。

 

記者:

 保留床の関係なんですけれども、売却に全力を尽くすというお話もありましたけれども、そうそう簡単に売れるものではないと思うんですが、そうなってくるとヒアリング調査でもありましたけど、既に購入されている方と、今、賃貸で住まわれている方とのギャップというか、不公平感というところが生じてくるのかなと思うんですが、その辺りの対応とかは何かありますでしょうか。

 

久元市長:

 実際に権利交換をされて、お持ちの方とのバランスということは考える必要があって、そういうことも考えながらいかにこの保留床を、先ほどの加藤先生の表現をかりれば、「使い尽くす」というような視点も入れながら、保留床の売却、あるいは一層の賃貸ということを考えていかなければいけないと思います。

 

 既にこの保留床については、市保有の95%を賃貸に出しておりますので、さらに賃貸を広げるということについては限界があろうかと思いますが、売却をどう進めるかということと、もう1つは、この資産価値をどう高めるのかというような努力も必要です。合同庁舎の建設や総合衛生学院の誘致によって、若年世代が大きくここに入って来られる。それから駅前の再整備、バス路線の再整備による交流人口の増加を見込んだにぎわいづくりということによって、まち全体の価値というものをどう上げていくのかということが保留床の資産価値を上げていくことにもつながる。これはそう簡単なことではありませんが、いろいろな政策を総合的に展開することによって、そういう方向を目指しいきたいと思います。

 

記者:

 先ほど、当時の対応についてぎりぎりの判断だったということだったり、第2種を選んだことに、当時制度がそれしかなかったというようなお話もありましたけれども、そうは言っても今住まわれている方は、にぎわいがまだ戻っていない場所で生活を続けていたり、商売を続けられている方がたくさんいらっしゃるということで、今後、いろんな施策を展開されていくというお話もありましたけれども、どういう姿勢で被災者の方々、被災商店主の方々に向き合っていくのかという心構えみたいなところを教えてもらってよろしいでしょうか。

 

久元市長:

 事業はこれまで進められてきた、もう既に事業として行われてきたということを変えるわけにはいきません。実際に一般会計からも負担をした、この負担というものは、これはもう戻ってくるわけにいかないわけです。その上に、やはり未来志向で未来を見据えた新長田のまちづくりということを、課題もあったし、見込みとは異なった部分があったけれども、そのことも踏まえた上で、どうやったら新長田の未来をつくっていくのかということですね。

 

 そのことは先ほども申し上げましたけれども、やはり交流人口をどう増やすのかということ、それから魅力を創出して、居住人口と交流人口をどう増やすのかということ、これを行政だけではなくて、ここで商売をされている方、様々なNPOをされている方、最近は外国人も増えていますし、学生の皆さんも増えるし、これからもさらに増えるだろうと。そういうような方々が、本当に率直に意見交換をして、かんかんがくがくの議論をして、みんなの力で新長田をよりよいまちにしていこうと、そういう方向で努力を、行政として自ら実施主体となってやらなければいけないことはしっかりやるけれども、そういうような人々とのコミュニケーションを活発にし、つなぐ、そういうプラットフォームをつくるということ。そういうような役割もあわせて果たしていくということが重要ではないかと考えています。

 

記者:

 市長にお伺いしたいんですが、先ほど来、市長の中で「行政内のブレーキをかけるのが間に合わなかった」というワードが何回か出てきていますけども、当然、住宅供給の面で素早い意思決定で被災者復興が早くできたということは、かなり報告書でも評価されている点かなと思います。行政内のブレーキの点に関しては、住宅供給というよりも商業層を例えば3層構造にしたと、それは結局、商業床の売却が進まないことに、まずは地下1階とか2階の長期の不振にもつながっていると。

 

 商業床の3層構造がある意味課題だったのではないかというところについての行政内でのブレーキが働かなかったという指摘かなとは思うんですが、住宅の面はちょっと置いといて、商業床の3層構造の大きなハード面の整備が、今思えばどうしていれば、より新長田の魅力が持続できるような取組になったのかというところ、市長がもしおっしゃれるのであれば伺いたいのですが。

 

久元市長:

 これははっきり分かりませんが、神戸市役所の中で3層構造ということが、非常にまちのにぎわい、あるいは来街者、居住者のスムーズな通行につながるというような発想というのは、当時は非常に根強かったんだろうと思うし、想像になりますが、緊急事態でしたから恐らく非常に短期間で、そういうような発想のもとで短期間にそういう判断をされたのではないかと思います。

 

 新長田の駅前の再整備でも、これも何回か私のところで議論をしているんですが、3層構造に対する何か憧れのようなものが、まだどうも市役所の中にあるみたいで、駅前から2階でデッキを造ると、これも一種の3層構造になるわけです。私はそれはやめてもらいました。ただ、これは時間があったから、時間があるというか平常時なので、私は、「ちょっと今の時代に3層構造はどうなんでしょうかね」ということを申し上げたんですけれども、やはり当時はとにかく3層構造でいこうということになったのではないかと思います。

 

記者:

 ただいま市長、今の時代に3層構造はとおっしゃいましたが、それもかなり右肩上がりの時代の名残で、それこそ株式会社神戸時代の延長線上のかなり発展段階の思想というのが、やっぱり3層構造に残ったまま、右肩下がりの時代にそのまま造ってしまったというような印象を受けるんですけれども、そこら辺、市長は、まさに今の時代にどうなのかということをおっしゃいましたけども、当初計画をつくって、それが柔軟に時宜を得て修正ができればよかったのかというところはあるのでしょうか。

 

久元市長:

 私も神戸市に副市長で来たときに、新長田を案内してもらったときに、案内してくれた職員の方が「神戸市が自慢の3層構造です」というふうに紹介されたことも覚えていますから、やはり3層構造がまちづくりとして非常にいいという雰囲気が当時はあったし、今でもあるのではないかと思います。ただ、少なくとも私は、例えば新長田の駅前広場を造るときに、3層構造というのはやめたほうがいいのではないだろうかと。2階にデッキを造ったら、人の通行を分散することになるわけです。地上と、やっぱり地下道もあるわけですから、私はそれで十分ではないかというふうに考えました。

 

記者:

 最後なんですけども、今回、震災復興の市街地再開発が、神戸市でも新長田と六甲道、県内でも6か所、それ以外に土地区画整理事業でも10か所近くあったかと思いますが、これで新長田は一番最大規模のものが四半世紀以上たって終わるということで、震災復興全体を含めて、今回の検証はどういった意義があったのか、そこら辺の位置づけを市長にお伺いしてよろしいですか。確認したいんですけれども。

 

久元市長:

 やはり、今回、四半世紀の歳月をかけてこれが終わるわけで、全体として、六甲道も含めて神戸のまちは復興いたしました。しかし、これは、やはりそのことは、震災から僅か2か月ということに、スピーディーな都市計画決定が、早期に仮設住宅を解消し、そして、まちの復興につながったということは事実だというふうに思います。

 

 しかし、当初の計画と乖離をしたということがどこの原因にあったのかということについて、新長田については加藤恵正先生をはじめ検証委員の先生方に検証していただいて、問題の所在というものが明らかになったわけです。このことは、過去に起きた事実というのを、あるいは過去に起きた事象というのを、もう1回これを元に戻すことはできませんから、やはりここから私たちはいろいろな教訓を読み取り、今後のまちづくりに生かしたいというふうに思います。そして、同時にここで指摘されていた課題というものは、新長田においては今なお存在している部分があるわけですから、この課題から目を背けることなく、関係者がしっかりと知恵を出して、さらなるにぎわいのある新長田をつくっていくのか、これに神戸市としても全力を傾注したいと思います。

 

記者:

 ちょっとこれまでの皆さんの質問と重なるところも多くて恐縮なんですが、この検証結果の報告というのは、新たな情報というか、新たな知識を得た上で、この326億円のマイナスの収支差というのをどのように受け止めるかというのをお伺いしたいと思います。

 

 あるいは、これは、被災者のためには意義のある326億円だというふうにも思われるかもしれないですし、あるいは、もっと圧縮できたかもしれない、悔やまれる326億円なのか、あるいは、これからの新長田のための投資みたいな意味づけももしかしたらできるかもしれないわけですが、それはどのようにこのマイナス326億円の意味をかみしめるのかというのをお伺いできればと思います。よろしくお願いします。

 

久元市長:

 326億円というのは、もちろん公費で負担することになったわけですね。再開発事業についてはそれぞれ負担区分がありまして、国庫補助も入るし、本来の施行者としての、施行者というか、公共事業の立場からの神戸市の負担分もあって、それ以外は保有床を売却して財源を生み出すという形になっていたのが、これが、繰り返しませんけれども、先ほど申し上げたような理由から保有床が売却できなかったということなどから、あるいは、本来の外に出ていった方が戻ってきていただけると思っていたのが、そうならなかったということなどから、この326億の収支差が発生をしたわけです。

 

 このことについては、やはり被災者に対する支援という面、それから、この事業を完遂することによって得られる公益上の利益ということを考えれば、やはりこれは公費として負担をせざるを得なかったということだと思います。

 同時に、この残った額も一般会計がこれから負担することになるわけですから、これはやはり震災によって生じた様々な不利益というものを、やはり市政、市の財政全体で負担をするということになったわけですけれども、これはやはり、それはそれでやむを得ない選択ではなかったかと思います。

 

加藤教授:

 検証委員会でも、実は、今、御質問のあった点、第4回でしたけれども、少しやり取りがありました。ちょっと紹介させていただきたいと思うんですけれども。

 一方では、やはりこの赤字そのものは、きちっと今回の課題として位置づけて分析、私ども検証委員会でもそうした議論を行いました。

 

 もう一方で、こうした冒頭申し上げた大変状況が厳しい中で、震災復興という過程の中で出てきた赤字であると。したがって、その赤字そのものをそれほど、それほどというか、一般の再開発での赤字のような扱いではなく、やはり震災復興におけるそういう赤字であったという扱いにすべきであるという、意見はちょっと分かれたといいますか、やり取りがあったことは事実であります。

 

記者:

 これはやっぱり事業そのものが大きかったということであるかと思うんですが、やっぱり326億円というのが、少額ではないですよね。それでもやっぱりこれはやむを得ない支出であったというのは、やっぱり、これはもっと短縮できる、もっと圧縮する方法があったんじゃないのかということではなくて、やっぱりやむを得ない支出であったという受け止めには、有識者会議のほうでもそのように受け止めがあったということなんでしょうか。

 

加藤教授:

 今申し上げましたように、その辺りは若干メンバーによって意見が食い違うところではありましたけれども、最終的には、もちろん圧縮しなければならない、ないにこしたことはないというのを前提に、やむを得ないところであったというのが結論だったと思います。

 

記者:

 市長はいかがでしょうか。

 

久元市長:

 検証委員会のほうで、全体として、これは普通の再開発事業で見込み違いによって生じたもの等ではなくて、やはり震災という極めて危機的な状況の中への対応であったということから、やむを得ないというふうに判断をしていただいたというふうに思いますから、それを率直に受け止めたいというふうに思います。

 

記者:

 ありがとうございました。

 

記者:

 以前、市長はインタビューで、この新長田再開発の事業について、事業規模が、率直に言って過大であろうというふうに発言しておられるんですけども、この検証結果を踏まえて、再度、この事業について過大だったのかどうかという評価をしていただけますでしょうか。

 

久元市長:

 これは、もしも、これを白紙で、全く平時の感覚で考えれば、ひょっとしたら過大であったかもしれないという印象は持ちます。しかし、繰り返しになりますが、突然の震災で、壊滅的な被害を受けた当時の状況において、目の前の危機をどう乗り越えるのか、実際に焼き出された方をどう収容するのかということを考えたときに、本当に時間をかけて綿密に計画を立て、そして設計をしという判断ができなかった。やはり、とにかく迅速にこれを、震災復興計画を都市計画しなければいけなかったという状況を考えれば、これは、この事業がこういう規模で計画をされ、実施されたということについては、これは、後から振り返ってこれがどうだったのかということを検証することについて大きな意味があるとは思えません。先ほども申し上げましたように、これは、やはりぎりぎりの判断ではなかったかというふうに思います。

 

記者:

 あと、検証が四半世紀を経てこのタイミングになったわけなんですが、途中途中でPDCAサイクルを回すべきだったという提言というか、教訓も出ていますけれども、改めて、もう少し途中で検証すべきだったとか、振り返って反省点とかありますでしょうか。

 

久元市長:

 やはり、この新長田再開発事業は、まさにこれは事業を、一刻も早くこれを進めて、住宅や、あるいは商業施設を提供するということが当初は至上命令であったと思いますし、その後も、この検証、先ほどもありましたように、ある程度は柔軟に、変更も加えながら進められてきたということだと思います。

 

 それから、あとは、やはり、本格的な検証は、先ほど説明いたしましたように、3つの工区の計画も確定をし、やはり、それのめどが立った段階できちんとした検証をするということが、やはりいろんな検証する上での条件がその時点では整うことになるわけですから、今回の検証のタイミングということがやはり適切ではなかったかというふうに思います。

 

記者:

 検証の中で、制度の限界という話も出てきましたけれども、その教訓として、今後、赤字を前提にした基金づくりなどの提言がありましたけれど、神戸市として、国に対して、震災復興を見据えて、こういう制度が必要ではないかというような提言をしていくというお考えはありますでしょうか。

 

久元市長:

 この新長田開発事業については、当時の建設省も深く関わってこれを策定されたということだというふうに思いますから、この検証結果については、国土交通省には報告をしたいというふうに思います。

 

 ただ、全体としての震災復興事業は、東日本大震災によってまた新たなスキームというものがつくられたということも考えれば、このことが新たな震災復興の事業に、国が政策立案をする際に大きな材料を提供することになるということについてはちょっと違和感を覚えます。つまり、阪神大震災は都市型の大震災である、東日本大震災は、都市部も被害を受けたけれども、多くの地域は、過疎地域など沿岸部、それから、福島第1原発の災害現場として。そういうことを踏まえて、阪神大震災という経験も踏まえた震災復興への法律や制度というものが一応出来上がっていますので、今回の検証結果がそういう今後の国の震災復興に対する制度について大きな材料を提供することにはならないのではないかというふうに思います。

 

記者:

 最後に加藤先生にもお伺いしたいんですけれども、今後の新長田のまちづくりについて、官民連携で取り組んでいってほしいというような発言がありましたが、改めて、神戸市がこういうふうに関わっていくべきだというような期待するようなことがありましたら教えてください。

 

加藤教授:

 この辺りは検証委員会の範囲を超えているかとは思うんですけれども、最終的に、思いとしては、もともとあの長田地区というのは独特の循環構造を持っていたわけですね。工業、商業、コミュニティーが、非常に稠密な展開の中で1つの圏域をつくっていた。そういう歴史的なといいますか、あの地域の特性を踏まえたまちづくりというのがやっぱり必要だと。

 

 今回、なかなかケミカルシューズ産業は難しいところにあるんですけれども、住宅が、相当、あの地域の中で大きな役割を果たしつつある。そういう点でいうと、まず、住宅と商業者の皆さんの接点をどのようにマネージしていくのか。さらに、市長からお話がありましたけれども、私どもは県立大学も含めてあそこに新しいブランチをつくるようになりますから、そういうような新しい波といいますかをどのようにつないでいくのか。それぞれがばらばらではなく、つないでいくことによって地域再生がこれから加速していくことを期待したいと思うんですね。

 

 実は、そうした仕組みも随分用意されているわけです。あの中でも、BID(Business Improvement District)というような提案もいたしました。これは、地域の皆さんが自らのまちづくりに若干の負担もしながら積極的にここに乗り出していくという構図を、世界中で成功している例でもあるわけですけども、例えばそういうような仕組みもあるだろうという気もいたします。

 

 いま一つ行政のほうに申し上げれば、今回、ハード系の皆さんが総力を挙げて私どもの委員会をサポートしてくだって、あのレポートが完成しつつあるわけですけれども、やはりソフトの分野というんですか、経済とか、あるいは文化というような領域の皆さんも、そこに一緒になって長田の再生に尽力していくと。そのためには、やはり従来の縦割り型の仕組みを、こういうある特定の地域の課題に対したタスクフォースといいますか、プロジェクトチームといいますか、あるいは、もしかしたら新しい乗り入れ型の組織をつくってこの地域とやり取りをしていくといいますか、何かそういう、行政の側に汗をかいてほしいところも私は個人的には思っているところで、そういう中でこの地域の再生というのが進んでいくのではないかと期待しているところです。

 

記者:

 市長は、今後、にぎわいづくりに課題が残るとおっしゃっていましたが、駅前の再整備なんかは、国道の北側の辺りになると集客効果はあるのかなというのは想像できるんですけど、国道の南側というのはどういうふうににぎわいをつくっていくのかなというのが、委員の方からも課題として話が出たと思うんですけど、その辺り、いかがお考えでしょうか。

 

久元市長:

 確かに、国道の南側に行きますとにぎわいが少なくなることは事実ですから、やはり1つは、先ほども申し上げましたけれども、地下通路を思い切って魅力のあるものにしていくということですね。それから、マンションも建設されることになりますし、居住人口も増えることになります。

 

 もう1つは、新長田の駅と駒ヶ林とは非常に近いので、駒ヶ林には芸術家の方々も大分移り住んできて、私も何人かの方とお会いをしたり、意見交換をしたこともありますが、そういう形で、先ほど加藤先生もおっしゃいましたけれども、やはりハード、ソフト両方を組み合わせてコミュニティーづくりをしていくことも含めた、もちろん、再開発ビルの中の保留床の売却や、資産価値を高めるための取組ということをやっていかなければいけませんが、そういうようなコミュニティーづくりを、実際、最近移り住んできた方々も含めて進めていくと。

 

 再開発ビル、巨大な住居、商業施設というものが存在しているわけですけれども、同時にこれは、国道の南側に限らず、1歩路地に入れば、銭湯がある、お好み焼き屋がある、寿司屋がある、居酒屋がある、ラーメン屋があると、非常に魅力的なエリアですから、ああいう商業施設と、そして路地にある昭和レトロの雰囲気を残した、まちの人情があるたたずまいというものをうまく組み合わせる形で、そして、何よりも地域の皆さんがこれに参画をしていただく形でのにぎわいづくりということを、特に国道の南側においては、神戸市も言わばコーディネーター役になってこれを進めることができれば、とても未来は開けてくるのではないかというふうに思います。

 

記者:

 教訓の部分で、情報の発信と共有が最大限必要になってくるとあるんですけれども、やはり、今、商店街に入っていらっしゃる地権者の方々からしたりすると、当時、情報の共有が不十分だったという声があったり、あとは、結局、商業床が移転前の47%しか戻ってこなかったということで、もしも情報共有がちゃんとされていたのであれば、地権者の意向などをもう少し分かっていた、例えば3層ネットワークの規模の縮小であったりもできたのかなと思ったりはするんですけれども、神戸市として、市長の受け止めであったり、もし反省点とかがあるのであれば、伺ってもよろしいでしょうか。

 

久元市長:

 やはりそういう意見があるわけですから、そういう意見には、率直に、素直に耳を傾け、受け止めなければいけないというふうに思います。

 

 同時に、当時の、特に都市計画やこの再開発事業を担当した職員の皆さんは、非常に想像を絶する極めて困難な状況の中で、この事業を完遂させるために最大限の努力をされたということでもあるというふうに思いますから、そういう危機的な状況の中にあっても、よりよいコミュニケーションを取ることができなかったかもしれないという指摘は、やはり素直に受け止めて、今後に生かしていきたいと思います。

 

記者:

 報告書の案とかでも触れられているんですけど、やっぱり当時はICTがなかったので、情報の共有が難しかったというのはもちろんあると思っていて、逆に今後、これだけICTとかいろいろ情報伝達の手段がある中で、神戸市として、もしもそういった災害の状況とかが生じたときに、今後どのような方策をしていこうとか、考えがあれば伺ってもよろしいでしょうか。

 

久元市長:

 今のお話が、もしも仮に神戸市で大規模な災害が発生して、あの日の地震のようなですね。そのときに、災害復興事業を短期間にスピード決定して、これを実施するための情報共有のツールとしてということであれば、当時とは全く違うやり方で意見をお聴きすることができるのではないかというふうに思います。

 

 それ以上に、やはり情報の共有ということから見れば、発災直後の災害応急対策の面でICTの活用というのは当然考えられるわけで、これはもう既に例えばLINEの活用なども進められていますし、さらに積極的に進めていきたいと思います。

 

記者:

 当初、平成16年か17年度ぐらいに完成予定だったかと思うんですけど、その計画が遅れたことの原因、たしか地権者の方との交渉が長引いたとかだったと思うんですが、改めてその原因についてと、これだけ計画が長くなってしまったことへの受け止めをお聞かせください。

 

久元市長:

 やはり地権者との交渉ということと、それから、やはり地価の下落が進む中で、ここで事業を進めることについての魅力というのが、そういう社会経済情勢の中でなかなか固まらなかったということだというふうに思います。同時に、事業の最終段階で、必要としないエリアについてはここの再開発予定地区からは除外するなどの措置を取って、終結する見込みというものが立ったわけです。

 

 この事業を進めてきたということ、そして、その中には新長田の合同庁舎があり、総合衛生学院の立地ということがあって、新長田の再開発地区の地価については上昇傾向が、これはコロナの前の話ですけれども、見られるようになってきた。これはいい兆候だというふうに思いますから、この事業の成果と課題の上に立って、先ほど申し上げたような取組をしっかりと行って、地下の上昇というのは資産価値が増えるということですから、コロナをどう乗り切るのかという問題はありますが、そのいい兆候をうまくキャッチして、これがさらによい方向に向かって進むように全力を尽くしていきたいと思います。

 

記者:

 延長が繰り返されたことについては、やはりやむを得なかったというような受け止めでしょうか。

 

久元市長:

 そうですね。地価の下落が続いてきたということの中では、やはりこれはやむを得ないことではなかったかというふうに思います。

 

記者:

 最後に、昼間人口の予測が震災前の水準以上になるというのが示されていましたけれども、結構大きな上昇傾向の予測になっていると思います。社会情勢はなかなか変化に富んでいるかなと思うんですけど、これ、実際、実現への自信というのはどの程度ありますでしょうか。

 

久元市長:

 夜間(市長は「昼間」と発言されましたが正しくは「夜間」です)人口については震災前の1.4倍になっていますから、居住人口を確保する、被害を受けられた方にもう1回入っていただいて、そして、居住人口を増やす、夜間(市長は「昼間」と発言されましたが正しくは「夜間」です)人口を増やすということについては成果が上がったというふうに思います。

 

 それから、就業人口ですよね。昼間人口については、新長田の合同庁舎、総合衛生学院、大学のサテライト、それから、それに関連した医療関係のお店や、それに波及した様々な飲食店などの立地によって、就業人口も震災前の水準に回復することができるめどが、今、立ちつつあるのではないかというふうに思います。

 

記者:

 もう1点だけ、すいません。

 先ほど保留床の活用のところで、権利変換された方とのバランスは考える必要があるというお言葉があったと思うんですけど、被災した商店主の方たちは、その当時に市が描いたスキームの中で高い商業床を買わざるを得なかった方たちが、今、高い管理費なんか、先ほど、不平等だという声が出ていると言われましたけれども、そういう声に今も悩まされていると。被災した商店主の方たちに対して、例えば経済的な負担軽減を図るとか、そういうことの必要性についてはどういうお考えでしょうか。

 

久元市長:

 これは、今すぐに何らかの具体的な対策ということがあるわけではありませんが、例えば再開発ビル全体を管理する会社については、神戸市も十分相談に乗りながら、少しでも管理費が下がるような対応ということも努力はしてきたつもりですし、実際にあそこの権利を取得されて入居された方も、大分、年月がたち、高齢の方もいらっしゃると思いますから、今後もそういう方々の声にはよく耳を傾けていきたいと思います。

 

司会:

 ほか、御質問のほう、よろしいでしょうか。

 御質問がないようでしたら、以上をもちまして臨時会見を終了したいと思います。長時間にわたり、ありがとうございました。

 

久元市長:

 どうもありがとうございました。

 

 

 

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