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更新日:2019年11月1日

ごろごろ、神戸3「第23回 お金のハンバーガー」

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漫画『サードガール』(西村しのぶ)を読んでいたら、大好きな時代劇を見るために職場から急いで帰宅したものの冒頭のシーンを見逃してしまい地団駄を踏む美也に対し、同居人の涼が、ボーナスも出たしビデオでも買おうか?と提案する場面があった。美也は「テレビはその時放送してるヤツを見ることに意義があるのよ」「なんたって同時性よ。同時性!!」と言って、ビデオなんていらないと拒む。この場面が描かれたのは1985年。私が子供のころ「ビデオさえあれば日曜の朝に家にいなくてもキン肉マンが好きな時に何回でも見れるのに」と強い憧れを抱いた時期ともぴったり重なっている。当時はまだテレビ番組の放送時間に生活を合わせ、リアルタイムで視聴するスタイルが主流だった。

45歳になったイチローが日本に来て、おそらくこれが現役最後になるだろうという試合の日。私もこの日ばかりはさすがに特別な気持ちでテレビの前に座らないといけない気がしていた。けれど2019年の我が家のテレビには同時性などかけらもない。稀代の野球選手に対し人並み程度の思い入れがあっても「そんなもん知らんがな」とばかりに、電源が付けばプリキュアが始まると思っている子供からゴールデンタイムの視聴権を奪えるはずもなく、あっさりと敗北。今やうちのテレビは地上波をリアルタイムで見るものではなく各種動画配信サービスを見るための子供専用機となっている。一応録画はしたけれど、サードガールの美也ではないが、こういう機会はやはり同時性が大事なのだと思う。

しかし毎日子供用番組しか見られない生活をしていると、それはそれで慣れるもので、むしろ発見する事や勉強になる事も多い。たとえばアニメ『ミッフィーのぼうけん』第29話は、図書館で働くアリスおばさんの仕事を幼いミッフィーとグランティが手伝う場面から始まる。二人はいそがしいアリスおばさんのために本を書架に戻しに行くのだけれど、もちろん分類番号なんかはわからないから、表紙に描かれた絵を見て戻す場所を判断する。最初にグランティが手に取った本の表紙には、大きな星の絵が描かれていた。それを見たミッフィーは

「だったらきっと高いところね。お星様だもの」

そう言って踏み台を使い、棚の上に本を乗っけてしまう。
次の本には花の絵が描かれている。

「お花の本はきっと、お花の近くね」

今度は二人は床に置かれた花の植木鉢に本を置いてしまう。
これらのエピソードには、幼児が言語を修得しながら目の前の世界を認識し始める時期に特有の、認識と現実とのちぐはぐなズレが描かれている。ミッフィーもグランティも、星は空にあるものだと知ってはいるけれど、絵本の表紙に描かれた星がただの印刷物であり、決められた分類法によって並べられる「本」の一部なのだという正確な認識にまでは至っていない。幼児にとって世界認識とは、双眼鏡をのぞくと最初は眼幅が合っていないために二つの円形に見えている世界を、徐々に角度を変えていくことで見えやすいひとつの円にしていく作業に似ている。世界のズレを調整し、ピントを合わせる。そうやって何年もかけて自分の認識と世界の様相を整った円形にしていくのだ。

昔から喫茶店に入ると、支払う小銭をあらかじめぴったりとテーブルの上に置いておくクセがあった。たしか去年の夏、ミナイチで買い物を終えて近くの喫茶店「東山」で子供にかき氷を食べさせていた時も、530円をテーブルの上に重ねて置いていたのだ。すると子供がそれを見て
「お金のハンバーガーやね」
と私に話しかけてきた。退屈な分析をすれば、単に語彙が少ない子供がその少ない語彙の中から類推し、目の前の現象を言語化したというだけの話だけれど、私はそのときに、こういう風にして小さな子は手持ちの札の中から徐々に徐々に世の中にピントを合わせていくのかと感動してしまった。

道端に置かれたアロエの鉢を指でつつきながら「イカの足」と表現してみたり。ウクレレを手にとって指板とフレットを見ながら「電車みたい」と言ってみたり。川沿いを歩いて桜並木を見て「桜が川を泳いでいるね」とつぶやいてみたり。夜遅くに米を研いでいると眠れない子供が台所にやってきて、米研ぎの様子を見たいと言うので見せてやると「お米のプールだねえ」と夜中の台所で話しかけられたり。そのような体験は私にとって「かわいい」というような言葉で片付けられるものではなかった。リアルタイムで子供のピント調整作業を見られるのはなんておもしろいんだろう。もう忘れてしまったけれど、誰もがこんな風に言語と現実とのズレを繰り返し調整して、大人になったのだ。

生れてから今まで、子供の散髪はずっと私がやってきたのだが、先日ついに「もう短いのはイヤだ。髪の毛は長いほうが良い」とハッキリとした言葉で宣言された。他人の髪の毛なんて切った事のなかった自分が、びびりながら初めてハサミを入れて、その後は経験と慣れでなんとなくコツをつかみ、今ではそれを心のどこかでやりがいのようにも感じていたのだけれど、今後は私が散髪をするのは絶対に駄目だと一夜にして本人からクビを宣告されて、まあそれは……ショックを受けなかったというとウソになるけれどそれ以上に、きみはなんて一人前の会話をしやがるんだと感心した。

散髪だけではない。肩車にしてもそうだし、もう一日中体を触れ合わせているような付き合いは徐々に徐々に、終わりになってきている。使う言葉も日に日に増えてきて、今ではアロエの鉢を指さしてイカの足だと言う事もない。言葉と現実のズレはこうやってだんだん少なくなり、会話が出来るようになって、そうこうしているうちに子供は学校に入り、さらにたくさんの言葉や世界を手に入れて……。
やがては私たちはお互いの手を離し、別々の世界で勝手に生きていくのだろう。
と、まだそこまで考えるのは早いか。

もっとも子供とべったり過ごしたこの二年間を神戸市広報課で連載出来て、まあまあありがたかった。他の場所でなら絶対に書かないが、公的な場所だからこそあえて使った表現もある。それは「子供や、何よりも子供を連れて毎日がんばっている親にやさしくしていこう」なんていう折れそうな言葉だ。他人を変えようとは思わない。けれど私はこれからも、自分がそうしてほしかったように、育児に懸命な大人たちに無条件でやさしい人間でいようと思っている。私がこのベビーカーをたたむ日も近い。次回が最終回です。

文と写真 平金子

写真を撮ったり文章を書いたりしています。1975年生。東京か大阪かメキシコにいましたが、現在は神戸在住。

神戸市広報課より

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