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更新日:2019年11月1日

ごろごろ、神戸3「第15回 ミナイチ・エレジー」

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雨の降る日はあまり外出したくないけれど、どうしても外に出かけると言われては仕方がない。
子供用と大人用、傘を2本用意して外に出て、雨の日にはいつもするように、傘を差している時に頭の上で間近に響くビニールにあたる雨の音と、その傘をさっと地面に下げた時に周囲のアスファルトから響いてくる雨の音が、同じ雨の音なのにまったく違っていてそれがとてもおもしろいのだ、という事を教えようとするけれど、今の彼女はそのような話にはまったく興味がなくて、反響する雨の音などはつまらないとでも言うように、私の言葉や大げさな身ぶりから逃げ出して駆ける。それでもすぐ、自分の足で歩くのに飽きた、傘を差すのにも飽きたと言うから、結局はほとんどの道中を肩車しながら手を伸ばして傘を差し、えっちらおっちらと歩く。湊川商店街まで来ればアーケードがあるからもう傘は必要ない。以前は毎日のようにしていた肩車も最近は回数が激減して、終わりが見えて来たというか、子供をエイヤと抱えて首に乗せるたびにこれが最後なのかもしれないなという気持ちでいる。

焼きそば定食

パークタウンを歩いて先ごろ閉店したとみちゃんの横を通り、かつてはここから良いにおいがして、昼どきのおばちゃん達のにぎわいがあったものだとなつかしむ。子供が生まれたばかりの頃に最初に通ったお好み焼き屋の、もう二度とは吸えない空気を思い出しながら、パークタウンからミナイチへ。昨日中華丼を食べたばかりの明石軒の横を通ってずっと昔に閉店した食堂の、埃のごっそりたまったショーウィンドウをいつものように眺める。リサイクルショップを用もなく一周歩いて、「乳母車もどうぞ」と筆字で書かれた年代物のエレベーターに乗って地上へ。地上から歩いて来たはずなのに気付けばなぜか地下を歩いており、エレベーターで2階に上がったつもりがそこは1階で、でもそのエレベーターで2階に上がるとまた別の場所の地上に出る。そんな風に、書いていても何の事だかわからない、地形の高低差ゆえの独特の迷路構造も今では土地勘が出来て迷う事はない。初めてここに来た時にかす汁と焼きそばを食べた、様々な食堂が並ぶ職人街道も今はなく、広い空きスペースとなっていて、そのさびしさにもとっくに目が慣れている。そしていつもの店でいつものように買い物をして、いざ金を払おうと財布のチャックを開けると中には数十円の小銭しか入っていなかった。

「お金持たんと来てしもたわ」と私は店主に向かって笑う。
ほうか、あとでええわと店主がこたえる。
「今そこの銀行いってきますわ、すぐ戻ってくるんで」
と言ったけれど、心の中ではこの天気で子供を連れて銀行まで行くのはダルいなあ、と思って、でも仕方ないから空きスペースで遊ぶ子供におうい、銀行いくでえと呼びかけると、ええよええよここで見とくからあんた一人で行ってき、子供濡れたらかわいそうやろと言われる。
「ほなちょっとたのんますわ、よろしく」「あいよ」と歩いて少しだけ振り返ってみたら、子供は最初から私など居なかったように背中を向けて、店の人からもらったみかんを食べている。

初めて連れて来た時にはベビーカーに乗っていて自分では歩く事も出来なかったのに、今は私から離れて、市場で遊んでいる。

通りを山側に少し歩き、横断歩道を渡った先の銀行でお金をおろす。ついでだからと八百屋をのぞいたら「今日は一人?珍しいねえ」と言われて、「一人ちゃうけど。ミナイチに置いてきた」「あそこ、なくなってさびしなるねえ」というような会話をしたあと、次にのぞいた漬物屋でも「今日は一人か。珍しい事もあるねえ」とまったく同じ事を言われる。ブロッコリーと白菜漬けを買ってリュックに入れふたたび「ミナイチ」と書かれた入口の、物陰からこっそりと中の様子を見ると、先ほどと変わらず子供は背を向けていて、今度は年齢のばらばらな子供達が3人いつの間にか集まって、その中には私の子供もいるのだが、ダンボール箱を机にして仲良さそうに何か遊んでいる。気付いた店主がこちらを見て笑っている。少しの間その場所から、通りの様子を見た。若い家族連れや老夫婦、飲食店の仕入れに来た人、さまざまな人たちが歩いている。私は子供たちに近付いて、ぼちぼち行くで、と名前を呼んで、商品のお金を払う。
ありがとう、ほなまたくるわ。はいはい気いつけて、またね、帰りはバスに乗りよ。わかったわかった。

というようなやり取りをした場所は、あと数ヶ月でなくなるのだなと思った

一歩足を踏み入れた瞬間に大好きになった市場の風景。神戸に住んでいると、そこまで珍しいものでもないとわかった個人商店とのつながり。それらが今どんどん失われていっているという現状。お店も商店街や市場もまだたくさんあるけれど、新しく増えるよりもなくなっていく店の方が多いから、そう遠くない未来に市場や商店街の文化がどうなるかはなんとなく想像が出来る。どれだけ下町の魅力とか人情だとか、口当たりの良い事を発信してみても、昭和時代の貯金はいつか、私たちがそれにすがっているうちになくなるだろう。ただこの事は、善悪で判断出来るような事象ではない。原因を探って誰かを悪者にしたら何かが解決するような、単純な話でもない。あちらもこちらも、終わるものは終わる。それが今の時代にやって来たというだけなんだろう。でもなんというか、最初から何も知らないままだったのならともかく、東京から遊びに来てこの町に一目惚れし、引っ越して来て、それがごっそりと消えてしまうのを今、見ているだけしかないという、このもやもやとした自分の心にどう落とし前をつければよいのやら、なんて思いながら、やって来たバスに乗った。

あの場所が取り壊されて、後に出来るのがどんなに最新の、美しい場所であったとしても、そこにどんな新しい物語があったとしても、市場はもう戻って来ないから、私たち、、、いや、私はいつまでも昔を思い出す事しか出来ず、着地する場所を失ったままで宙に浮いている。私たちがこれから手放そうとしているものについて、しっかりと意識しておくこと。自分たちが手放したものの価値や、それを手放したのだという現実を、真正面から見つめること。そこからしか未来への確かな一歩は、宙ぶらりんの状態からの着地は、出来ない気がしている。神戸、どうなるんかね。良くなってほしいね、と思う。なくなってしまう事への悲しさよりも、今となってはそれがあるうちに、たった数年であっても通えて、市場で働く人たちや買い物に来る人たちと同じ時間を過ごせて良かったな、という喜びの方が大きい。ミナイチがある神戸を私は生きる事が出来たのだから。なくなってしまう市場を見送って、みんなが手を振っていても、自分はなんだか手を振る気持ちにはなれない。椅子にもたれ、雨の通りを行き交う車のヘッドライトを見ながら、草野心平が描く秋の夜の蛙同士の会話のように、神戸、どうなるんかね。良くなってほしいね。とふたたび思う。いつまでも、流れて行く景色に向かって会話を続ける。
良くなるかね。
どうだろうね。
良くなってほしいね。
きっと良くなるだろうね。
さびしいけどね。
さびしかないよ、そんなもんさ。

車窓に雨粒があたり、子供がそれを指先で追っている。

傘を差す子供

文と写真 平民金子

写真を撮ったり文章を書いたりしています。1975年生。東京か大阪かメキシコにいましたが、現在は神戸在住。

神戸市広報課より

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