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更新日:2019年11月1日

ごろごろ、神戸2「第4回 市バス7番に乗って」

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街並みの写真1

最近、町なかで他人が連れている生まれたばかりの赤ちゃんを見かけると無条件に「なんてかわいいんだ」と食いつき気味に見てしまうようになった。うちの子供はそろそろ2歳で新生児期(生後すぐの状態)もとっくに過ぎ去り、手足をバタバタさせているだけの存在からハイハイしてやがて立ち上がり、今は赤ちゃんから幼児へとスライドしたような感じだ。人間もブリやボラと同じで「新生児→赤ちゃん→幼児→子供→成人→」みたいな変化があるのだと思う。「かわいいですね」思わずそんな風に母親に声をかけてしまいそうになるのを押さえながら、自分がこれくらいの月齢の赤ちゃんを抱えていた頃を思い出す。

生まれてから1年ほどは、そもそもこちらは育児にまったく慣れていないし、言語によるコミュニケーションも当然出来ない。機嫌も寝起きも不規則。赤ちゃんは絶対的に弱い存在なのだが、絶対的に弱いという事は同時に絶対的に強いとも言えて、だからこそ大人は赤ちゃんをきちんと育てようと思えば思うほど、その弱さの前にとまどい服従する他ない。当時の私は「かわいいですね。今が一番かわいいでしょう」などと言われても「綺麗事を言うなよ。こっちはきついんだよ」と心の中で反駁(はんばく)してしまっていた。声をかけてくれる人に何の悪意もない事はわかっていても、こちらは慣れない育児でぎりぎりの精神状態。それだけ追い詰められていたという事だろう。

街並みの写真2

私はその頃、赤ちゃんの事よりも毎日すり減っていく自分の精神や肉体的な苦労を誰かにいたわってほしかったのだと思う。大変でしょ、よくがんばってるね、おつかれさま、と。だからというわけではないのだが、私は自分が子供を連れている状態でエレベーターの中などでたまたま言葉をかわすことになった母子には、その子供に対してではなく母親に対して「お母さん、おつかれさん。がんばろなあ」というような言葉をかけている。そんな事を言って何がどうなるわけでもないのだが、母親へのなんでもない全面的ないたわりの言葉は、ラジオ体操のスタンプのようなものだ。ラジオ体操のスタンプというのはそこへ行きさえすれば押してくれるもので、子育てもまた、毎日の生活をそれなりにやり過ごしてさえいれば色んな人からスタンプがもらえ、ノートにたまっていく仕組みになればいいのにと思う。何か景品がもらえるわけではないが、日付ごとに押されたひとつひとつのスタンプにはくっきりと「あなたは良い母親だ」と書かれている。

赤ちゃんを抱えた親は、見ている側が想像する以上にがんばっている。
働きながら子育てしていようが専業主婦として子育てしていようが、育児というのは百人百様の苦労の中で、それぞれがそれぞれの孤独と隣り合わせだ。そして子育てはねたみやひがみ、嫉妬との戦いでもある。なぜあの人はうちと比べて恵まれているのか。なぜあの人はラクをしているのか。なぜあの人は、なぜあの人は…。私もそのような感情とは無縁ではない。かわいらしい育児エッセイや漫画があふれる中で、現実の子育てというのは自分の中に住む負の感情をなだめてなんとか一日をやりくりするどろどろした作業の連続だ。ぎりぎりに張りつめた精神状態の中で、それでも心を込めて作った食事を、かわいい赤ちゃんはある時は笑顔で、ある時は無表情で床に投げつける。その時にふと自分の奥底から顔を出してしまう感情をなだめること。私自身の疲れた心を、他の誰でもなく私自身でやさしくなぐさめ飼いならすこと。気持ちがあふれすぎて、決壊してしまわないように。

バスの車内の様子

先日ひさしぶりに、身軽になって1人で神戸駅前に立っていた。市バス7番「三宮」という電光掲示板が見える。たまには気晴らしでもするかと引っ越して以来、初めて市バスに乗ってみた。停留先は神戸駅から新開地東口、湊川公園西口、東山町、熊野橋、夢野町2丁目、平野、再度筋、山本通4丁目、中山手3丁目、元町駅前……。背もたれに体をだらしなく預け、バスの振動に揺られながら通り過ぎる風景を眺めていると、行き当たりばったりで乗ったつもりなのに目の前を過ぎる景色のどれもが普段私がベビーカーを押して子供と歩いている場所ばかりでイヤになる。気晴らしに1人になりたくて出てきたはずなのに、つい私はスマホの写真フォルダを眺め出して、「連れてきていっしょにバスに乗せてやれば喜んだかな」などと子供の事を考えてしまう。

湊川公園を右手に見ながら、この交差点で赤信号を待っている時に子供が激しく泣き始めて日陰でミルクをあげた去年の夏の一日を思い出す。閉じられたままの商店のシャッター前で、飲ませていたヤクルトをばらまかれた事。子供が寝ている隙にと入った海鮮丼屋で食べようと思った瞬間に起きて泣き出したので、味もわからず口に放り込んで店を出た事。信号を曲がった夢野町の串かつ屋では不思議と子供が泣かずに上機嫌でおばちゃんに懐いていた事。何もなければ見過ごす他ない町の中の電柱1本、錆びたガードレール、ちょうど半分だけ日の当たったバス停の椅子、薬局の前に置かれたカエルの人形といった細部が、バスの揺れの中で具体的な記憶として立ち上がる。それは言葉もロクにしゃべれない子供からこの2年の間に与えてもらっていた、私たちがこの町で精一杯生きてきたという証だった。

工事中の写真

繰り返される日々の中で波のように、これ以上は無理かもしれない、という感情がやって来る。
その次にはまた新しい波が来て、まだまだがんばれるぞ、という感情がやって来る。
バスは信号で停車し、窓の外にはたくさんの買い物袋をハンドルにぶら下げてベビーカーを押す母親が歩いている。
なんだか仲間にでも出会ったような気持ちになり、無条件に応援したくなる。
「なんてかわいいんだ」
私は見知らぬ赤ちゃんをなでるように指先を窓にあてる。
信号は青に変わり、風景は何事もなく窓の後ろに過ぎ去って行った。

街並みの写真3

文と写真 平民金子

写真を撮ったり文章を書いたりしています。1975年生。東京か大阪かメキシコにいましたが、現在は神戸在住。

神戸市広報課より

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