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更新日:2019年12月9日

松原城跡の発掘調査現場を公開します!

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記者資料提供(令和元年12月9日)
教育委員会事務局文化財課

織田軍が改修した城の全貌が明らかになりました。

1.所在地

神戸市北区道場町日下部字西山 

(神戸電鉄 神鉄道場駅 下車 東へすぐ)

 

2.調査に至る契機

宅地開発事業に伴う発掘調査

 

3.遺跡の名称

松原城跡(まつばらじょうあと)

 

4.今回の調査について

調査期間 平成31年3月18日~令和元年12月末終了予定

調査面積 約8,500平方メートル

松原城は、「蒲公英(たんぽぽ)城」「道場川原城」とも呼ばれ、南北朝時代に赤松氏が三田城の支城として築いたものが始めとされています。のち赤松氏の流れを引く松原氏が代々城主となり、松原氏が城を去った後、織田信長の三田城攻めの際には織田方の付城(つけじろ)となり、羽柴秀吉の軍勢が入城したとされています。

城跡は丘陵頂部に東西2つの大きな曲輪があり、本年8月開催の現地説明会では、曲輪2を中心に、16世紀末頃の調査成果について公開いたしました。今回は、さらに調査が進み、主郭と考えられる曲輪1と、曲輪2についてもより前回の公開時よりも古い段階の調査成果について公開いたします。

5.今回の調査成果

①曲輪2の土塁の下層から、現在みられる土塁よりも古い時期の土塁が新たに確認されました。古い時期の土塁は、高さ60cm程度が残り、一部は盛土により形成されています。

②曲輪2で、新たに3間×6間の礎石建物とそれを取り巻く石敷遺構を確認しました。

③曲輪1と曲輪2の間に巨大な箱堀があり、新たにこの箱堀北東側に横堀が見つかりました。

④曲輪1の北西側と南西側は、高さ1.5m程度の土塁が残り、それに沿って曲輪内側では石敷遺構を確認しました。

6.中井 均(なかい ひとし)滋賀県立大学人間文化学部教授(城郭考古学)のコメント

 今回注目されるのは上下時期差のある2時期の土塁の構造である。下層の土塁は基礎に石材を充填し、丹念に整地して築いているのに対し、上層の土塁は一気に盛っている。いわゆる掻き上げである。下層の土豪の城を織田信長軍が陣城として緊急に改修したのが上層であると見られる。

このような変遷が明らかとなった調査はほとんどなく、城郭の変遷がわかる資料として実に貴重な成果である。

7.現地一般公開

令和元年12月14日(土曜日)午後1時30分~3時まで、調査現場を一般公開いたします。また調査担当学芸員による遺跡解説もあります。(小雨決行)

交通 神戸電鉄 神鉄道場駅下車 東へすぐ

*現地には駐車場がありません。近隣の方のご迷惑になりますので、公共交通機関をご利用ください。

当日の問い合わせ先

 松原城跡発掘調査事務所 電話番号 090-9543-2230

(当日、天候不順の場合は、開催の有無を電話でご確認ください。)

空中写真

礎石建物

箱堀

箱堀土層断面

お問い合わせ先

市政、くらし、各種申請手続でわからないことは神戸市総合コールセンターにお電話ください

電話 078-333-3330 Fax 078-333-3314

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教育委員会事務局文化財課 

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