来て!見て!伊川谷町!!



三身山 太山寺

太山寺原生林三身山を背に開山され、藤原鎌足の長男定恵和尚が開基となり、孫の守合卿が716年堂塔伽藍を造営したと伝えられている。鎌倉時代を代表する天台伽藍の本堂は市内唯一の国宝。1月7日午後2時過ぎから追儺式が行われる。

太山寺の塔頭

塔頭天保〜弘化年間(1830〜1840)に41塔頭が記録されているが、現在は安養院、成就院、歓喜院、龍象院の4塔頭になっており、昔の隆盛していた頃の坊跡が土地の「字」として残っている。

太山寺原生林と渓谷

原生林と渓谷伊川源流渓谷を挟んで、太山寺の北方と南方に広がる原生林。約160種類の植物が自生。「コジイ」(北斜面)、「ウバメカシ」(南斜面)が主な原始植生。また、上流の岸壁には鎌倉時代後期の作といわれている不動明王が刻まれている。

大歳神社と奉納芸能

大歳神社伊川谷町17集落の各氏子によって守り継がれている法人化された「大歳神社」が氏神様として祭られている。奉納伝統文化として継承されている内容として、ハナフリ、子供相撲、シュウシの儀式、トンドの祭りがある。

石戸神社と石堂丸

石戸神社現在の前開中の氏神。明石城に水を導いた掘割疎水の取水口と面しており、浄瑠璃で有名な石堂丸伝説を持つ神社で、この集落には石堂丸産湯の井戸や世話をした人の子孫と称する民家もある。民家の庭に「石堂丸誕生の石碑」がある。

前開八幡神社(厄神)

八幡神社1月18・19日の厄神祭には氏子、参拝者の1年の厄払いで賑わう。この宮の奉納伝統芸能は、弓引き(農耕祈願「呪法」の一種でマトの神事)、餅撒き、浦安の舞、湯立てなどである。

大谷寺

大谷寺726年行基が開き、定恵和尚が建立した天台宗の寺院。付近に「大門」という地名もあり、太山寺と太谷寺という山と谷の対照から、鎌倉時代には相当大きな寺であったことが偲ばれる。山号の「頭高山」の頂上付近には遺構もある。

掘割疎水

掘割疎水田代(生田)や赤羽の耕地に水を導くため、石戸神社前の伊川に堰を設け、前開・小寺・長坂・今寺へと、掘割として伊川谷疎水路の工事を進め、約8kmの疎水が1671年に完成。現在は部分的に跡が残っているだけである。

長坂の日限り地蔵

日限り地蔵太山寺ができるとき明石の7薬師寺の1つとして、霊亀2年(716)に開創されたといわれる太山寺の末寺。明治22年(1889)の市制・町村制で、小さな村が統合されて伊川谷村になったが、当時の村役場がこの場所に置かれていた。

伊川谷惣社と奉納芸能

伊川谷惣社創立不詳、平成9年10月伊川谷14集落の総氏神として大改修。神祭

興楽寺

興楽寺太山寺ができるとき明石の7薬師寺の1つとして、霊亀2年(716)に開創されたといわれる太山寺の末寺。明治22年(1889)の市制・町村制で、小さな村が統合されて伊川谷村になったが、当時の村役場がこの場所に置かれていた。

天王山古墳と保存公園

天王山古墳と保存公園北別府の北方の小高い天王山に位置する古墳群で、7基の古墳が存在し、前期は約1650年前、後期は約1450年前で、うち1基は全景25mの帆立貝式で、土器棺、木棺、石棺と埴輪が埋葬、その一部が公園として保存されている。

伊川と水

伊川と水21箇所の取水施設があったが、土地区画整理並びに圃場整備事業と河川改修により廃止され、残された代表的な施設は「中の湯」が改修された「鋼鉄転倒堰」であり、現状の自然景観とともに後世に引き継ぐ「ふるさと」の財産である。

伊川ふるさと区民広場

伊川ふるさと区民広場河川敷を公園のように整備することによって、自然環境の保全を図り、地域住民に親しんでもらえる憩いの場を生み出すことができ、まさにふるさとの川として活用できる。この河川広場は、水や緑と触れ合うことのできる空間である。

伊川リバーフェスタ

伊川リバーフェスタ伊川は、明石川の支流で、延長12kmあまりの小さな川ですが、伊川谷地域を縦断し、里山、田園地帯さらには市街化地域へと流域を変え、その表情が豊かに変化する里川です。
 「伊川を愛する会」は、地域の個人・諸団体等が参加し、伊川の環境保全を目的に平成6年に結成されました。年間を通じていろいろな活動を実践しています。中でも、「川に親しみ川と遊ぼう!」をテーマに、例年8月に川まつり「伊川リバーフェスタ」を開催しています。各種団体の参加のもと多くのイベントを行い、地域の交流の場づくりに取り組んでいます。

潮海寺

潮海寺開基は南北朝時代の1351年であり、8世紀に開基したという太山寺に比べて新しいため、"今寺"の名で親しまれている。本尊横に祀られている阿弥陀三尊仏の御来迎の姿は非常に珍しく、全国でここだけであると言われている。

漆山の日向さん

漆山の日向さん日向前バス停の前にある石碑で「漆山の日向さん」と呼ばれている。1659年(万治2年)に明石藩主となった松平日向守信之が大根を作らせ「明石大根」として京都や大阪に出荷し名物にした。その功績を称えて立てた供養塔。

神明神社

神明神社17世紀初め、初代明石藩主になった小笠原忠真が築地工事と同時に明石城の鬼門(東北)になるこの台地に「鬼門除け」として祀った神社。鬼門というのは、古代の中国が東北の北方騎馬民族を恐れたことからきた風習で迷信である。

花壇苗(花卉栽培)

花壇苗(花卉栽培) 伊川谷の花壇苗は、昭和45年の大阪万博へ花壇苗を供給することを契機に本格的な生産が始まりました。ビニールハウスなどの施設で栽培され、一年間を通じて花市場へ出荷されています。品質が良いため市場での評価が高く、関西の中でも有数の産地となっています。花壇苗は小売店、量販店ほか直売所でも販売されており、モスグリーン色のポットが特徴です。
 また、花壇苗は神戸市内の街路や花時計、王子動物園、フルーツ・フラワーパークの植え込みにも使用されている他、昭和60年のグリーンエキスポ、平成12年のジャパンフローラ2000など関西の主要なイベントや、平成18年から神戸市で開催している花のある暮らしを提案するイベント「神戸花物語」や「巨大な花絵じゅうたん」でも使用されています。

天然ラジウム温泉 太山寺 なでしこの湯

天然ラジウム温泉 太山寺 なでしこの湯敷地内に源泉があり、1時間に156リットルの湯量に恵まれた良質の温泉。疲労回復・神経痛・冷え性などに効能があるとされている。地元の農家で採れた旬野菜を置いてある直売所もある。
平成22年12月にリニューアルオープンし、源泉100%自噴型の露天風呂や超微粒子ミストサウナなどが増設された。

小寺直売所

小寺直場所小寺の農家より旬の野菜、漬物等加工品、いちご等果物及び花の直売をしています。品数・量とも多く、値段も安く、遠くは東灘区・北区等からも買い物客が訪れるなど人気を得ている。

小寺市民農園

市民農園平成9年から1区画50平方mで218区画の市民農園をしている。毎年11月末には、収穫祭として作物の品評会、もちつき、しめ縄作りをし、地元農家とふれあいを実施している。農家の付近の山には、5月につつじ、わらび、つくしがあり、又近くの小寺の鎮守の森には、弁天神社で遊ぶこともできる。

軟弱野菜の栽培

野菜の栽培 昭和49年きくな、ほうれん草を対象に神戸市野菜契約栽培事業がスタートし、本格的な軟弱野菜の栽培が始まりました。軟弱野菜とは、ほうれん草、小松菜など出荷してから早く消費しなければ傷みやすい野菜の総称で、西区では消費地に近い利便性を生かし、ビニールハウスなどの施設内で一年を通して栽培されおり、市場を通じて店頭に並びます。
 神戸で栽培される軟弱野菜には中国料理で利用されるチンゲンサイなどもあり、昭和47年の日中国交正常化を景気とする中国ブームを背景に、中国料理を対象とした業務用の伸びが著しくなった昭和49年頃から全国的にも栽培が多くなり、市内でも多く栽培されています。
 神戸市内ではさまざまな野菜が栽培されていますが、伊川谷では軟弱野菜の栽培が盛んで、その中でも特に環境に配慮して栽培された野菜が「こうべ旬菜」として毎日市場に出荷されています。
 また、「こうべ旬菜」の軟弱野菜の生産者は生産工程を管理・チェックし、安全・安心な農産物を出荷するための取り組み「こうべ版GAP(ギャップ)」の認定を受けています。

神戸学院大学

神戸学院大学1966年(昭和41年)開学。学部学科は法学部(法律学科、国際関係法学科)、経済学部(経済学科、国際経済学科)、経営学部(経営学科)、人文学部(人文学科、人間心理学科)、総合リハビリテーション学部(医療リハビリテーション学科、社会リハビリテーション学科)、栄養学部(栄養学科)、薬学部(薬学科)の7学部11学科からなり、それぞれ大学院が設置されており、法科大学院も開設されている。「自主的で個性豊かな良識のある社会人の育成」を教育目標としている。