来て!見て!平野町!!

宝珠寺

宝珠寺山号は「梵天山」。「梵天」とは仏を守るたくさんの神々の中で最高の位をもっている神のこと。裏山は「弥山」と呼ばれる。寺には石造の十三重塔と重さ650貫(2.5トン)ある県下最大の釣鐘がある。また、四季を通じて花が楽しめる。

子午線標柱

子午線標柱明治43年(1910)、教育勅語煥発20周年記念事業として、明石郡の小学校の先生一同が、私費で日本標準時子午線の石碑を、東経135度線が通る明石市の相生町及び平野町黒田に建てた。これが最古の子午線碑として伝わっている。

神戸ワイン用ぶどう栽培

神戸ワイン用ぶどう栽培西戸田や印路では「神戸ワイン」の原料となるぶどうを栽培している。印路ではメルローや信濃リースニングなどの新品種の導入も行われ、1997年産のぶどうを使った「西戸田・メルロー」と「印路・リースニング」の限定醸造ワインもある。

勝明寺

勝明寺江戸時代初期の慶安4年(1648)に創建された曹洞宗の禅寺である。本尊は聖観音菩薩で、変化の仏である他の観音仏と違って美しい仏である。明石藩主松平忠国、直明が境内地を寄進したという刻印が保存されている。

薬師寺

薬師寺716年藤原宇合が開基した曹洞宗の寺院。本尊は薬師如来菩薩で行基の作。山門には一刀三礼の作といわれている仁王尊像が祀られている。山門の木造金剛力士像二体は、平安時代後期の製作といわれ、市指定有形文化財(彫刻)である。

春日神社と神武天皇の遥拝所碑

春日神社と神武天皇の遥拝所碑神武天皇一族が平野地区に水田を開き、一人の皇子を残して治めさせ、天皇は大和ヘ向かったという伝説があり、遥拝所碑がある。神武天皇は宇留の宮と祀られ、10世紀の延喜式(神名の本)には、宇留神社として名前が出ている。また、奈良の春日大社の元宮がこの春日神社にあるともいわれる。

春日神社の秋祭り

春日神社の秋祭り主な祭典行事は4月3日の節句祭、10月10日の秋祭り。秋祭りには神輿・だんじり太鼓、西戸田地区だんじり太鼓、宮前地区だんじり太鼓があるほか、大畑地区の獅子舞も復活している。平野町の秋祭りとしては最大の祭。

福中城と宝珠寺

福中城と宝珠寺福中城は、中世末の館城の遺跡で、内堀、外堀、居館、土居の跡も残っていたが、今は城跡もない。北側の宝珠寺の本尊は、文禄元年(1592)福中城主前因幡守間島彦太郎の創建で、五輪塔は彦太郎の墓と称されている。

良勝寺

良勝寺安土桃山時代の文録元年(1592)に開創された臨済宗妙心寺派の寺院。本尊は、「十一面観音菩薩像」で、前の三面が慈悲、左の三面が憤怒、右の三面が怨恨、前後の二面が大笑をあらわしており、病気退散の仏として信仰されている。

慶明寺

慶明寺弘安4年(1281年)建立の臨済宗妙心寺派の寺院。「今昔物語」に登場する天文学者で陰陽家であった安倍晴明がここに立ち寄り、梵字を彫ったという自然石がある。石の下には、鎌倉時代の播磨の悪党花岡太郎が埋められていると伝えられている。

しばり地蔵

しばり地蔵右手に錫杖(しゃくじょう)、左手に宝珠を持ち、裳懸座(もかけざ)の上に左足を垂れて蓮台に載せ、右足は曲げて足の裏を見せている半跏座像(はんかざぞう)。13世紀鎌倉時代の作と言われ、地元では縄で縛って願かけをする習慣がある。

弘法大師の清水

弘法大師の清水9世紀に弘法大師が諸国を行脚し、庶民の苦しみを救ったという伝説のひとつで、明石川よりやや高いところにあるこの地域の人々が飲料水に困っていたので、弘法大師が杖でこの場所を突くと、こんこんと清水が湧き出したという。

林崎疎水路(掘割)

林崎疎水路(掘割)明石の灌漑用水確保のため、明暦3年(1657)の冬に工事開始、翌万治元年4月に完成した幅1.5m、長さ5.374mの掘割。平野町西戸田の取水口から、印路、中村、上津橋の山麓を縫って野々池まで流れている。宝永4年(1707)、平野町黒田にも水口が設けられた。

八幡神社(元旦祭、厄神祭)

八幡神社(元旦祭、厄神祭)当神社は、8世紀に九州の宇佐八幡宮より勧請されたという言い伝えがある。当神社北の台地に三木別所方の福中城があり、天正6年(1578)織田信長の軍勢が三木城を攻める時に、この城から、古三木街道の神出との境にある坂(矢の坂)に陣取った秀吉軍に矢を放ったため、所在がばれ、落城したとの話が残されており、その弓が今も当神社に残されている。また、拝殿の前には能舞台があり、江戸中期の元禄時代以降、明治時代末期まで一般庶民が歌舞伎や能舞を演じて楽しんだ。現在は舞台のみが残されている。

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