広報サポーターだより 平成21年3月掲載

最終更新日
2009年4月1日

親子であつまれ豆腐つくり塾

2月22日、しあわせの村にあるシルバーカレッジで、“グループわ”(シルバーカレッジ卒業生が組織するNPO法人)の主催によるお豆腐づくりが行われました。

参加した子供たちはまず、前日の晩から水につけられた大豆を計り、ミキサーにかけました。熱いナマゴ汁(細かく砕いた大豆に水を加えてできた汁)をこし袋に入れ、最初は簡単に絞れていたのが、だんだん難しくなり、豆腐の木枠を使ってみんなでぎゅうぎゅう押して絞りました。袋の中から出てきたおからを味見してみて「??味がしない!!」と微妙な感想。豆乳ににがりを加えると液体がおぼろ状になっていきます。型箱に入れ、箱からそっと出してみると、ちゃんとした豆腐に・・みんな大豆の変化にわくわくしながら作業していました。

以前失敗してしまったという方には、「温度が上がっている所でにがりを加える」というような細かいアドバイスもされていました。

いつもはお豆腐が食べられない子供も美味しいと食べていました。お野菜を刻んで、おからと炒めて、卯の花も作りました。また、瓶詰めのエノキとツナ缶を使って、炊き込みご飯も簡単に出来上がり、こちらはお母さん達に大好評でした。

豆腐もおからも大変なものという感じがしていましたが、またチャレンジしてみたいと思いました。この講座は大変人気で、後日第2回が開かれたとのことです。(船附)

ナマゴをしぼる〜みんなで力を合わせてナマゴをしぼる〜みんなで力を合わせて

お豆腐ちゃんと出来てるかな??お豆腐ちゃんと出来てるかな??

歌舞伎体験教室

神戸親和女子大学で行われている第10回歌舞伎体験教室が、公演に向けて佳境に入っているとお聞きし、見学に行きました。市川 箱登羅(いちかわ はことら)先生の指導のもと行われていた「仮名手本忠臣蔵」の「大序 鶴が丘八幡宮 社頭(しゃとう)の場」という演目の通しの練習を見学させていただきました。昨年11月から練習を始めたばかりとのことにもかかわらず、せりふの云い回しや所作は、先生に直されながらも、決まっていました。この日は初めての衣装合わせということで、特に裾さばきに慣れようと苦心されていました。気になる箇所を何度も演じながら、お互いに注意しあい、より良いものを創っていこうとする姿がうかがえました。

庶民に人気のあった赤穂浪士の討入りを、当時表立って上演できなかった農民たちが、時代背景を変えて農村歌舞伎に仕立てたものだと言うことで、教室ではそういう事も併せて教えていただけるので、いろんな勉強になるなと思いました。

上演会は4月19日(日曜)、上谷上農村歌舞伎舞台で開催されます。今回取材してますます楽しみなりました。(船附)

演技に熱が入ります演技に熱が入ります

演技の所作を指導されます演技の所作を指導されます

初心者&初級者向けの野菜づくり教室がスタートしました

風キャビン農園は、1993年にオープンした道場町にある市民農園です。市民農園というとほとんどが車でしか行けないような場所にありますが、この農園はJRの道場駅から徒歩7分と、電車が利用できるのが特徴。電車で通う人にとっては長靴一つでも荷物ですが、この農園には長靴や農具の置き場所もあり、農業資材、肥料、苗、種などの販売コーナーあって、必要なものがその場で揃えられるのがとても便利だと思いました。バーベキュースペースや石釜があって、自由に利用できるのも楽しそうです。

そんな風キャビン農園で、3月15日、初心者&初級者向けの野菜づくり教室がスタートしました。3月から11月まで、計15回の講義を通し、土作り、肥料づくり、植え付け、管理など、一通りの知識を学べるプログラム。今年は希望者が多く、26人に参加者の枠を増やされたそうです。

参加されていたのは、東灘区、須磨区、西宮市、宝塚市、東大阪市など、北区以外からお越しの方がほとんど。若い女性も多くいらっしゃいました。聞くと、みなさん食への関心が高く、「自分で食べるものは、自分の手で作りたい」とおっしゃる。そして、「10年後には田舎で暮らしたいから」と、人生プランも持っていらっしゃる。そして、「ここは、自然農法での栽培を教えてくれるから選んだ」と、農法まで勉強されていらっしゃる。やはり今は、食に危機感を持ち、それを自分の力でなんとかしたいと思う人たちが増えているということなのでしょう。そんな世の中の空気がひしひしと感じられた取材でした。 (山口)

講義の様子。向かって右がオーナーの喜多さん、左が野菜づくりを教えてくれる自然農法栽培家・生産者の阿部さん。講義の様子。向かって右がオーナーの喜多さん、左が野菜づくりを教えてくれる自然農法栽培家・生産者の阿部さん。阿部さんは「Bio企画(www.bio-net.jp)」という自然農法栽培家グループの一員でもあられます

この日の実地は、農具や耕運機の使い方でした。耕運機操作を体験でき、みなさん楽しそうでしたこの日の実地は、農具や耕運機の使い方でした。耕運機操作を体験でき、みなさん楽しそうでした

日本第一神霊泉の石碑について

3月10日、有馬地域福祉センターで、有馬文庫新着資料展示会がありました。参加者は25名で、解説は有馬連絡所の妻木所長でした。
1つ目の新着資料は「金の湯」玄関前に建っている石碑です。
1面 「日本第一神霊泉 姑蘇 江芸閣」
2面「有馬之温泉甲於天下 吾邦省亦有是水 其名相同眞奇事也」
3面「遠之天下近之有馬 夫人欲得温泉勝益者 要在読龍洲温泉論矣 柴野老室」
4面「山の名に馬はあれども湯のしるし いざりも立て 歩行よりぞ去ぬ 浪速三日房雛九」

このうち、1面は「有馬の温泉は神の恵を受けた日本一の温泉である」という意味。また、3面は「遠くは日本全国の温泉の中でも、近くは有馬の中でも、この温泉が第一の湯である。くわしくは龍洲先生の「温泉論」を読むのがよろしい」という意味とのことです。
この医学者の柘植 龍洲(つげ りゅうしゅう)先生は、行基、仁西両上人に次ぐ有馬における第3の恩人ともいうべき人物です。

明和7年(1770年)、安宿部郡河内国分村、現在の大阪府柏原市の生まれです。先生は、「温泉論」で論陣をはる一方、湯の温度低下の原因を探る調査をおこないました。有馬の旅館主を集めて温泉学について講演し、湯量減少、湯温低下への解決策を提案し、対策を講じるよう叱咤激励したそうです。詳細は省きますが、その結果、湯量、湯温が増加し、見事に有馬温泉が甦ったということです。その功績にもとづいて石碑の3面が刻まれました。
私も日頃「金の湯」の前をよく通りますが、見過ごしていたということより無関心であったことに気が付き、もっと地域の歴史に目を向けるべきだと思いました。

2つ目の資料は、有馬ゆかりの山下 摩起(まき)画伯と森 琴石(きんせき)画伯の絵や手紙の資料。両画伯の生い立ちや、エピソードの説明がありました。
最後に龍洲先生について調べている柏原市の桝谷政則氏(他一名)が有馬とのかかわりを講演され、そのあと質疑応答があり、参加者の地域に対する歴史の思いを語り合いました。参加者は三田ゆかりの白洲次郎氏のことや、有馬姓についてとか、三田藩主の九鬼(くき)氏等、うんちくを語りあい、興味津々で話題がことつきません。アッという間の2時間、楽しいひとときを送りました。(丸山)

有馬「金の湯」前にある石碑の拓本を採取有馬「金の湯」前にある石碑の拓本を採取

「林渓寺(りんけいじ)の未開紅(みかいこう)」

3月22日、有馬温泉の林渓寺に、「未開紅」と名付けられた樹齢200年の紅梅を見に行きました。
林渓寺は、慶長6年(1601年)、落葉山の麓、滝川の畔に、池之坊法順によって開かれました。その後、火災に遭い、宝暦4年(1754年)、現在の上之町に移りました。
山門をくぐりぬけるとすぐ右手に「にむしんの梅」と書かれた石碑があります。“にむしん”は“妊娠”と分かりました。この梅の実を食べると妊娠すると昔から言い伝えられていて、別名「はらみの梅」ともいわれています。この梅は3月下旬に八重の花を咲かせる樹齢200年以上の古樹で「未開紅」と呼ばれています。

天明元年(1781年)乗如(じょうにょ)上人が有馬入湯の際、開く前のつぼみの紅色が特に深く美しいのを見て名付けたものといわれています。
境内の右手に有馬保育所があり、園児の声がにぎやかに聞こえてきます。開園してもう40年になります。私の息子もここを卒園して今年で47歳になりました。梅の花を見ながら、月日がたつのは早いものだなと思いました。(丸山)

林渓寺の未開紅林渓寺の未開紅

「義経馬つなぎ松」説明板新設

鵯越墓園内、高尾山地蔵院の近くに、義経が一の谷合戦の前日に馬をつないだといわれる松がありました。この松は昭和32年頃に枯死して今は切り株しか残っておらず、史実を伝えるものが無くならないようにと、兵庫歴史研究会と神戸市によって説明板が設置されました。義経一行が集結した旧暦2月6日にあたる3月26日、説明板新設の式典が行われました。寒の戻りで寒かったものの晴天に恵まれ、沢山の人々が祝いました。

式典では、義経に鹿道(鹿でなければ通ることができないような険しい道)を案内した鷲尾三郎少年の末裔である鷲尾和子さんと、研究会の最年少会員で平家物語に詳しい13歳の吉川亜希さんが除幕を行いました。また、平家物語の語り部阪本信子さんから、鷲尾家当主の鷲尾寧一さんに記念品の贈呈を行いました。この後、婦人会員らによる「うぐいすの会」が「鵯越」「牛若丸」を歌い、参加者も一緒に歌っていました。

義経の勇気を讃えている説明板は子ども達にも分かりやすく書かれていて、参加者は式典後に代わる代わる見ていました。
式典の後、高尾山山頂で、研究会の梅村伸雄会長より一の谷合戦の義経についてのお話がありました。参加者は和田岬の辺りを眺めながら、当時に思いを馳せました。山頂はきれいに整備されていて、眺めもよく淡路島の方まで見渡せました。
(北区ハイキングレクリエーションガイド32 高尾山・蛙岩コースの途中にあります)(船附)

「義経馬つなぎ松」説明板の除幕式「義経馬つなぎ松」説明板の除幕式