兵庫区の見どころ

最終更新日
2008年4月16日

絵になるまちひょうご

兵庫区北部の風景

『水の科学博物館』高木稔雄作

「神戸市水の科学博物館」は、歴史的建造物である「奥平野浄水場旧急速ろ過場上屋」を保存活用している。平成元年4月に「神戸市水の科学博物館」としてオープンして以来、水道のみならず、水について楽しく学べる博物館として市民に親しまれている。建物は、ドイツルネッサンス風の重厚かつ優美な外観で、平成10年には、「登録有形文化財」として指定された。

『朝のおつとめ祥福寺にて』下村弘子作

「天門山祥福寺」は貞享2(1685)年に雲厳和尚によって創建された臨済宗の寺院である。東福寺の山門前から坂を上がると祥福寺に至り、現在も修行道場として雲水(僧)たちが厳しい戒律を守って修行を積んでいる。

『威風堂々』松岡武士作

建武3(1336)年5月25日、都を目指す足利尊氏の軍勢とこれを阻止しようとする新田義貞・楠木正成の軍勢が兵庫の地で戦ったが、会下山を本陣とする楠木軍は、足利軍の誘導作戦に乗った新田軍の後退の中、次第に孤立し、人数に勝る足利軍に敗れた(湊川の合戦)。「楠木正成像」は、この戦いで戦没した正成の功績をたたえて、後世に伝えようと市民の浄在でもって昭和10(1935)年建立された。

『夕やけの烏原』武田真作

神戸市における明治の三大土木事業の一つである「烏原貯水池」は、現在の新湊川の上流に明治34年に着工、同38年に完成した。堰堤の長さ120メートル、高さ 30メートルの石積みのダムによって造られた湖は周囲約3キロメートル、水面の面積11.5ヘクタール、貯水量は130万トンである。この堰堤は国の「登録有形文化財」として登録されている。

『湊川上温泉(湊山温泉)』中島英郎作

治承3(1179)年の「山槐記」には平清盛の福原ノ荘の「雪の御所」近くに「湯屋」があったと、記されているのは、この温泉のことだとする説がある。天王谷のこの温泉は文禄5(1596)年の大地震で被害を受けたが、豊臣秀吉が正直屋寿閑に湯坪取立の朱印状を与えて復興させた。

『祇園神社』脇田勝美作

「平野祇園神社」の祭神は、牛頭天王(ごずてんのう=スサノオノミコト)である。貞観11(869)、京都で流行った病気を退治させるため姫路の広峰神社から御分霊を京都の白川に移す途中、ここで一泊されたのでそれを記念して社を建てたのが始まりという。7月13日から8日間続く祇園祭(ぎおんさん) は、多くの夜店が出て賑わう。

『熊野神社』三好彰作

国生み神話の主人公、伊弉諾(いざなぎ)・伊弉冉(いざなみ)の二神を祀る「熊野神社」は、平清盛が福原遷都にあたって王城鎮護のため紀州熊野権現を勧請したと伝えられている。

『東山小学校と湊川』岩谷祥作作

「東山小学校」は昭和32年鵯越小学校東山分校として設立した。現在、神戸市内に3校しかない特徴ある円形校舎が同校の自慢となっている。「湊川」は、明治29年8月の大水害をきっかけに付替工事が行われ、会下山をトンネルでつらぬき苅藻川に合流する「新湊川」が明治34年に完成した。そして旧湊川の跡地は新開地となり、繁華街に生まれ変わった。