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トップページ神戸の戦災戦争体験談>平和ということはいかに大切か  根岸さん(北区)

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神戸の戦災 戦争体験談

■母との再会が忘れられない   加藤 喜美江さん

昭和20年6月5日。当時、小学1年生だった私は、両親から「山に向かって逃げろ」と言われ、9歳上の姉と共に、坂道を駆け上がりました。周囲の家は燃え続けています。電線が垂れ、燃えている光景は今でも忘れることができません。山にたどり着いても、焼夷弾はどんどん落ちてきます。側溝にうずくまりB29が去るのを待っていました。その後、米軍が上空からまいた降伏を勧奨するビラが落ちてきました。キラキラと光り、「きれいだな」と思い、気持ちが落ち着きました。

空襲が終わり、家に帰ろうと思っても、一面焼け野原で、場所が分かりません。坂の下から「登美江、喜美江」と姉と私の名を叫ぶ声が聞こえてきました。母が必死に捜してくれていたのです。ようやく会え、ほっとした瞬間は忘れることができません。

平和とは、今、こうして過去の出来事を思い出せること。今が平和でないと自分の体験を話すことはできないと思っています。


(平成26年8月号 広報紙KOBE掲載)