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神戸の水害 概要

■水害の概要

昭和13年7月3日〜5日、台風に刺激された梅雨前線は神戸市に集中豪雨をもたらした。夕方から降り出した雨はその日のうちに50ミリを、翌4日には142ミリを記録した。5日も雨の勢いは衰えず、午後1時20分に降り止むまで270ミリの降雨量となり、3日間で462ミリに達し、死者616名、被災家屋89,715戸に達する大災害となった。

河川はすべて氾濫し、流木や岩塊を交えた土石流が市街地に流れ込み、水道、道路、鉄道はいたるところで破壊され、電話は不通、都市の機能は奪われ、周辺は見渡す限りの泥の海と化した。

この災害を契機として、六甲山系の砂防事業や表六甲の河川改修は、国の直轄事業となった。

また、昭和36年6月24〜27日に発生した集中豪雨では、宅地造成現場や傾斜地での被害が大きく、阪神大水害につぐ記録的な災害となり、宅地造成等規制法制定のきっかけとなった。

また、昭和42年7月9日には、熱帯低気圧となった台風7号は西日本に停滞する梅雨前線を刺激し、集中豪雨を西日本にもたらした。総雨量は371ミリと昭和13年よりも少なかったものの、1日当たり(9日=319ミリ)や1時間当たり(1時間最大75.8ミリ)の雨量は13年を上回るものであり、河川の氾濫により市内各地域で水害の被害を被った。被害は13年から見れば少なく、13年以降の治水・治山事業の効果が表れたと考えられているが、この水害では高度経済成長に伴う急激な都市化が進む中で未改修の中小河川の氾濫が問題となった。

その後、神戸市を初めとする各市の強い要望もあって昭和45年に都市小河川改修費補助制度が創設され、国・県の補助のもと各市が2級河川の改修に取り組むこととなった。