第3回 日常とともにある海について。

東京で暮らしているとき「山の近くに住んでみたい?それとも海の近くに住んでみたい?」という会話をすることがあった。「海がそばにある暮らしは憧れるなあ。土とともに暮らす山の暮らしもいいな」なんて考えたりして。自然やアウトドアが好きだった私は、いつしか「やっぱり山も海もどちらもそばにある暮らしをしてみたい」となんともよくばりな回答をしていたものだ。当時はまさかこんな妄想が実現するとは思ってもいなかったけれど、本エッセイのタイトルを「山と海のあいだ」にした理由には、まさにこんなやりとりが背景のひとつになっている。

もうひとつはというと、数年前にはじめて淡路島を訪れた帰り道で出会った景色。それは、世界一長い吊り橋である明石海峡大橋を渡っているときに次第に目の前に広がってくる、なだらかな海と街と山。まさにイメージしていた山と海どちらにも囲まれた街並みは、まるで宮崎駿監督の映画のワンシーンみたい。点々と灯る家々の明かりを眺めながら、まだ知らない神戸で暮らす人々やそこにある営みを想像してみた。この景色こそが「山と海のあいだ」の原風景になっている。

 

明石海峡大橋から見える神戸周辺



神戸に移住して2年。ときどき東京・横浜、ときどき地方出張のライフスタイルを送っている。移動が身近な暮らしをしていると、新神戸駅の新幹線や神戸空港は街中からのアクセスがよく行き来がスムーズなのでとても助かっている。神戸がハブとなってさまざまな地域にアクセスできる魅力についてはあらためて綴りたいと思っているのだけれど、特に神戸空港に行き来する飛行機の中から神戸の街並みを眺めるのが好きだ。「あ、ここはこのあいだ通った町だ。あそこは海流が交わるところ。塩屋が見えてきた〜」なんて、窓に顔を近づけて、少しずつ変化する海側の空から見える神戸の街並みにはわくわくさせられる。以前出張先からの帰りで機内から明石海峡大橋が見えたときには、「ああ、帰ってきた」となんだか心底ほっとして、いつの間にか神戸が自分にとってのホームになっていることに気づいた瞬間でもあった。小さな米粒ほどの船を眺めながら、帰宅してからの夕食の献立を考えていた。



 


明石海峡大橋のある垂水には海岸沿いにいくつかカフェがあって、そこからダイナミックな橋と淡路島を見渡すのも気持ちがよくていい時間。それでも特に記憶に残っているのは、滝の茶屋駅にある義叔母の家から見えた海の風景。細い路地を歩いて坂を登った先、民家の2階の窓から見えた小さな海の景色は、かつてここにあった家族の暮らしに寄り添う一部でもあったのだろうなと、静かに想像した。


この穏やかな瀬戸内海側にある神戸の浜辺、須磨海岸にはときどき訪れている。先日海開きして海の家もできていて、もうすぐ梅雨が明けたら、今年も賑やかになるのだろう。夏もよいけれど、春や秋の須磨海岸もいい。


 

季節によっていろいろな過ごし方ができる須磨海岸



特に準備をせずにふらっと寄ることができる浜辺、という距離感がよくて、須磨海浜駐車場に駐車して訪れることが多い。車に積んでいるシートを広げて、どこまでも穏やかな海を眺めてただぼーっと過ごしたり、音楽をかけて寝転んでみたり。遠くに行き交う船や、水面に飛び跳ねる魚を眺めたり。あたりを見渡してみると、歩道でランニングしたり、犬の散歩をしていたり、浜辺ではしゃいだりと、同じように思い思いに過ごしている人たちがいる。いつかひとりでフラダンスを練習している女性に出会ったときには、あまりにも海と重なる世界が美しくて、思わず見惚れてしまった。


 


夏には、林崎まで行って泳ぐこともあれば、夕暮れ時の人がまばらになった須磨海岸でちゃぷちゃぷと泳ぐのも気持ちがよくて好きだ。凪いだ海の中から、広い空と塩屋の山の方に陽が落ちていくのを眺める時間は格別。



ところで、海に行くときも行かないときにも、須磨を訪れる習慣がひとつある。それは「若宮食堂」のランチを食べに行くこと。


 

一品一品が心と体に染みる若宮食堂のランチ



山口徹さん、良美さん夫婦が営む若宮食堂は、若宮商店街の2号線沿いにあり、向かいの須磨海浜水族園は子どもたちを連れた家族連れで賑わっている。
神戸や神戸近郊の海や山の自然の恵みを美味しく食べられるお店で、旬を感じる献立、手の込んだ小鉢の一品一品、お手製の漬物など、どれもが丁寧に心を込めて作られた料理ばかり。この食事を味わいたくて、わざわざ車を走らせている。
店内は地元の人や家族連れのお客さんも多く、いつも心地のよい空気が流れている。地元産の食材は魚も野菜もすみずみまで美味しくて、真心の食事は心まで満たしてくれるのだ。



ある日、良美さんが声をかけてくれたことがあって、そのきっかけが身につけていたSIRISIRIのジュエリーだった。良美さんも好きなブランドで、ひとしきりSIRISIRIの話で盛り上がった。まさか東京にいた頃から愛用しているジュエリーであり、日本の職人が作る友人のブランドがつながりのきっかけになってくれたことは、些細なことだけれどなんだかとても嬉しかった出来事。


 

若宮食堂を営む山口徹さん良美さん夫妻



山口さん夫妻とお話ししていくと、実は共通の友人が多いことも発覚し、前号のエッセイ で紹介した片岡学さんとは私達よりも前から深い親交があった。(ご主人はなんと片岡さんのトランペットに魅せられかばん持ちをしていたのだそう!)



こんな風に、かつて憧れていた海がそばにある暮らしは、気づけば日常の一部になっている。海が近くにあると、心のなにかがリセットされ、ニュートラルになる。
海に面するとある町や、またちがった海にまつわる話は、また次の機会に。


 


文と写真 岩崎雅美

2年前から神戸に暮らし、ときどき横浜・東京との二拠点生活を送る主婦。 編集したり書いたり、人やコトやモノをつなぐ仕事をしています。

プロジェクトディレクター/地域コーディネーター/編集者/ライター
東京では、CSR・SDGs関連のコンサルティング・レポート制作会社の株式会社クレアンにて企画編集を担当。その後、株式会社umariにて地域や分野を横断する0→1を作るさまざまなプロジェクトデザインに携わる。雑誌「TURNS」の企画・地域コーディネーター・編集を担当後、神戸に移住。移住後はフリーランスで活動中。