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誕生秘話編 百景の編集者・森本泰好さんにきく

川西 英さんは「ほんまにやれるのか?」とおっしゃっていたといいます。(聞き手、文:神戸百景の旅人 喜多孝行)

 初対面でした。御年89歳とは思えぬほど眼光は鋭く、その瞳の奥からは、かつての敏腕編集者としての面影が垣間見られました。事前に、神戸市総合インフォメーションセンターの潮崎孝代さんから、森本さんはぶっきらぼうな話し方をすることがあるかも知れないが、そういう性格の方と思って対応して欲しいとお聞きしていました。しかし、実際にお会いして、昔の話をあたかも昨日のことのように語られる姿を見ていると、そんなことはみじんも感じませんでした。森本さんは、これまでにも、コラム「川西英と私」(神戸新聞(1995年))、画集「神戸百景」のあとさき(市博特別展「川西英の新・旧『神戸百景』」図録(2001年))などで、神戸百景について語られています。どれも神戸百景の裏側を知る上での貴重な資料になっています。今回、直接お会いするにあたり、これまでにない話を聞き出そうと、わたし自身、意気込んでいました。それぞれ重複する話も登場してきますが、初めて聞くことのできた内容もありますので、改めて、ご紹介したいと思います。

―森本さんと神戸百景

 森本さんは、1923(大正12)年神戸市奥平野村生まれです。大阪外国語学校(現大阪大学外国語学部)を卒業し、国際電気通信へ入社しました。太平洋戦争での兵役後、国際電気通信を退社。文化方面の仕事がしたいとの想いから大手新聞社への就職を希望するも、戦地から大勢の引き上げ記者があることが見込まれ断念します。読売新聞に勤める知人の口利きで、1946(昭和21)年5月、夕刊紙であった京都日日新聞へ入社、編集者としての第一歩を踏みだします。京都日日新聞を退職ののち、1950(昭和25)年2月、ふるさとにある新聞社、神港新聞(のちの兵庫新聞)の門をくぐることになります。

神戸百景(1962年) 当時は、国民が文化に飢えていた時代でもありました。1952(昭和27)年、戦前の版画神戸百景(1933〜36年)に対して、戦後の神戸百景を作成してはとの提案を神港新聞から川西英さんへ打診します。当時編集局長だった森本さんがその担当として、川西さんと交渉することになりました。1953(昭和28)年2月に、いったん肉筆による原画100枚が完成します。ところが、神港新聞が資金難に陥り、事実上、神戸百景を出版することが出来なくなりました。(この間、1954(昭和29)年10月に「新神戸百景」原画展が神戸大丸で開催されています。)
 その後、森本さんは出版室長となって、新聞社の副業である出版に携わることになります。そこで『松方・金子物語』の出版など、ある程度の信用力、資金力を付け、再度、神戸百景の出版に向けて社内の意見をまとめます。昭和30年を過ぎた頃、完成している百景のうち1/3を描き替える。内容は、色紙大サイズの和紙にオールカラー印刷、そして、英訳付きで神戸の名士100名のコメントを付ける、などの条件を整理して、再度出版したい旨を川西さんに伝えることになります。それを聞いた川西英さんは「ほんまにやれるのか?」とおっしゃっていたといいます。しかし、企画が立ち上がった途端に、またも新聞社が経営不振となり、出版にストップがかかってしまうのでした。すでにこのとき、森本さんは神戸百景の刊行企画を抱いて、新聞社を辞める意志を固めていたといいます。何としても神戸百景を出版するため、形として神港新聞を退職。まず、神戸市助役宮崎辰雄さんの知恵で、兵庫県知事の阪本勝さん、同副知事の金井元彦さんの了解をとりつけ、商工会議所の事業部の内に「神戸百景刊行会」という組織を立ち上げました。その次に、1,500部の限定出版という権利を神港新聞竹内重一社長から譲渡してもらい、商工会議所の事業部をバックに森本さんが中心となった出版事業をおこしました。森本さん39歳、川西英さん67歳のころの出来事です。

 出版にあたり一番苦労したのは、100名の名士にそれぞれ随想を書いてもらうことだったそうです。郷土愛に根ざした仕事ということで、みなさん快く書いてくれたそうです。それも原稿料はなしという条件でした。お礼は、特注された神戸百景の赤い縁取りのある絵皿1枚だけ。結果的に100人のみなさんが、神戸百景に、そして川西英さんに、エールを送られたものと森本さんは受け取っているそうです。頼んで書いてもらえなかったのは、君津製鉄所の立ち上げで不在の多かった川崎製鉄の西山弥太郎社長ひとりでした。原稿の依頼と受け取りなど、森本さんは奔走しました。こうして、1962(昭和37)年2月、新「神戸百景」が誕生したのです。画集は、同年2月15日発売で、1,500部限定の定価3,000円でした。神戸百景原画展は、同年2月27日から3月4日にかけて大丸神戸店にて開催されました。

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