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第4回 志が一番大切!「有志竟成」志が有れば、どんな困難があっても成し遂げることができる
公益財団法人 先端医療振興財団理事長 本庶佑先生

最終更新日
2015年12月4日

本庶理事長がご出勤される先端医療センターインタビュー企画第4回は、神戸医療産業都市の先導役である公益財団法人 先端医療振興財団の理事長に今年7月1日付でご就任された本庶佑先生です。
 

本庶先生は、分子免疫学者として、異物として認識した抗原を排除するため多様な抗体分子が産生されるメカニズム「クラススイッチ組換え」「体細胞突然変異」など、数々の免疫学の大きな謎を解明してこられました。またPD-1(programmed cell death-1)が、自己を攻撃しないように免疫のブレーキ役として働くことを明らかにし、「この免疫チェックポイント機構(免疫制御機構)のブレーキを外すことががんの治療につながる」という先見の明を持って研究開発された免疫チェックポイント阻害剤である抗PD-1抗体(ニボルマブ)は、「がんの免疫療法」の画期的新薬として世界中から注目を集めています。
 
現在、本庶先生は京都大学大学院で研究を進められているとともに、静岡県公立大学法人理事長として大学運営に携わっておられます。また、これまでに京都大学医学部学部長、内閣府総合科学技術会議議員などの数々の要職を歴任し、日本の科学技術の発展を牽引されてこられました。その中で、常々、若手研究者を育成する研究環境の重要性についても語っておられます。
  
インタビューでは、がん免疫療法の新薬「ニボルマブ」についての展望や、今後、日本の生命科学が向かうべき方向性、その中で神戸医療産業都市が果たすべき役割についてうかがったほか、先生のバイタリティーの源となっているご趣味のお話や、厳格でありながらもとても温かいお人柄がうかがえるメーセッジをいただくことができました。

本庶理事長プロフィール

先端医療振興財団 本庶佑理事長【役職】
 (公財)先端医療振興財団理事長
 静岡県公立大学法人理事長
 京都大学大学院医学研究科客員教授
 
【経歴】
 1966年 京都大学医学部卒業
 1971年 京都大学大学院医学研究科修了
 1971年 米国カーネギー研究所発生学部門客員研究員
 1973年 米国NIH(NICHD分子遺伝学研究室)客員研究員
 1974年 東京大学医学部助手(栄養学教室)
 1975年 医学博士学位取得(京都大学)
 1979年 大阪大学医学部教授(遺伝学教室)
 1984年 京都大学医学部教授(医化学教室)
 1995年 京都大学大学院医学研究科教授(分子生物学)
 1996年 京都大学大学院医学研究科長・医学部長
 2006年 内閣府総合科学技術会議議員
 2012年 静岡県公立大学法人理事長
 2015年 先端医療振興財団理事長
 
【受賞歴】
 1982年 朝日賞
 1985年 ベルツ賞
 1988年 武田医学賞
 1994年 上原賞
 1996年 恩賜賞・学士院賞
 2000年 文化功労者
 2012年 ロベルト・コッホ賞
 2013年 文化勲章
 2014年 唐奨

免疫学のご研究と生命科学の展望について

抗体医薬「ニボルマブ」による夢のがん免疫療法

牟田:最初に、本庶先生の研究に関するお話、その中でもやはり、将来のがん治療を根底から変える可能性がある抗体医薬「ニボルマブ」によるがんの免疫療法について、今後の展望を伺いたいと思います。
「ニボルマブ(商品名:オプジーボ)」は、現在国内では皮膚がん、海外では皮膚がんと肺がんに対して既に適応され、他のがんへの効果も多数報告されていますが、「ニボルマブ」適用拡大に向けて解決すべき課題と、将来的にどのぐらいのがんの種類(範囲)に、どのぐらいの期間で適応されていくとお考えですか?
 
本庶:基本的には、全てのがんですね。その段階に到達するまでに何年かかるかというのは、これは非常にわかりにくいですが、10年経てばほとんどの主要ながんに使われるようになると思いますね。
この治療法は基本的に副作用がなくて、一旦効くと飲み続けなくても完治する可能性があります。いわゆる再発がない、年単位でね。これまでの治療薬は、三ヶ月から半年しか効かないことが多かったですが。
しかし課題は、それが今のところ全てのがん患者に効くというわけではないということです。効く人にはすごく効くが、全く効かない人もかなりの数います。それが何故か、それをどうしたら克服できるか、また投与前にどのように見分けることができるか。このことが最大の課題でしょうね。

小野薬品工業は販売している「二ボルマブ」

牟田:他の課題として、「ニボルマブ」は値段が高いとうかがったことがあるのですが、今後、抗体の生産性の効率を上げるなど研究が進められることで、薬価が下がっていく可能性はあるのでしょうか。
 
本庶:薬価というのは研究とは全く関係ありません。日本の場合、保険適用薬価は保険の支払側と、製薬企業、患者側3者間の協議の場で決まります。
しかし、当然マーケットが拡大していけば単価は下がる。この抗体医薬は確かに値段が高いですが、三ヶ月ぐらい使って効き目があれば、投与をやめてもずっと効いているわけですね。それから、今のいわゆるよく効く抗がん剤も実は値段が高い。そういうものが全てこの抗体薬に置きかえられたとしたら、医療費の総額が高騰することにはならないし、こちらは今後だんだん値段が下がっていきますしね。
 
牟田:それは、適応範囲が拡大すれば、それだけマーケットも拡大されるからですか。
 
本庶:そう思います。

自分が強く知りたいと思うことに勇気をもって挑戦する

インタビューに応える本庶先生牟田:本庶先生は、免疫学において多大な功績を挙げてこられましたが、その陰には私たちからは想像もできないような困難を経験されてきたと思います。これまでに、一番ご苦労されたことは何でしょうか。
 
本庶:PD-1のことに関して?
 
牟田:これまでの免疫のご研究全般についてお願いいたします。
 
本庶:正直言うと、僕はすごく苦労をして研究に打ち込んだという経験はあまりないんですよ。基本的に楽観主義なのでね。ただ、現実問題として少し困ったのは、アメリカから東大に助手として帰ってきた1974年、お金もないし、機械もないし、人もいない。全く途方に暮れた時期が1年ぐらいありましたね。それが一番大変でした。
 
牟田:時代背景もあって、研究に対して使えるお金も人材もない時代だったのですか。
 
本庶:なかったですね。経済成長の前でね。自ら多額の借金をして、それでなんとか研究を続けることができましたね。
 
牟田:先生をはじめ多くの研究者は、自分自身に一本筋を通していらっしゃるから、どんな困難も、困難を困難と感じずに突き進むことができるのではないかと感じます。本庶先生が、これまで研究者として大切にしてこられた理念・信念は何でしょうか。
 
本庶:僕自身は非常に単純で、自分が知りたいと思うことをあくまでもやるということです。若い人にも言っていますが、自分が何を知りたいのかという好奇心がないと研究は始まらない。自分が何をしたいかわからない人は、研究をしない方がいいと思いますね。
やはり、知りたいと思うことには、それに対して挑戦しなきゃいけない。挑戦というのはリスクがあることなので、そこに対してやはり勇気が必要ですよ。そこをあまり意識せずに、いつの間にか研究者になったというのではうまくいかないと思いますね。
 
牟田:私も以前研究員をしておりましたので、先生のお言葉は身を以て実感いたします。

生命科学は長期戦・総力戦であらゆるトライアルを!

牟田:本庶先生は、研究者としてだけではなく、数々の要職を歴任されて若手研究員の育成や日本の科学界をリードしてこられました。
今後、日本の科学界が進むべき方向性について、先生のお考えをお聞かせ下さい。
 
本庶:難しい問題だね。科学界と言ってもあらゆる分野があるから、せめて生命科学(ライフサイエンス)だね。
生命科学というのは、実は、物理学の研究者みたいに頭が良い必要がなくて、普通の人でもいっぱい参加した方がいい。それなりの力があれば十分できるんですよ。ただ非常に難しい面があってね。物理や数学というのは、大体この課題が解けると、次の展開がこうなるというふうにみんなの考えが集まる学問です。それは普通の人では解けないほど難しい問題ですがね(苦笑)。
生命科学はそうではない。誰も簡単に将来を見通すことができない。つまり、これがこうだったら次の展開はこうなるという問題の本質は、そう簡単にはわからない。いろんなことをたくさんやっていくうちに、だんだん真実がわかってくるんです。
 
牟田:いろんなことを知らないといけないのですね。
 
本庶:あまり知り過ぎると全部わかったように思ってしまうから、それはそれで難しい。ただ、いろんなことをいろんな人がやってみるというのが、生命科学ではとても重要です。
 
牟田:本当に無駄な研究はないということですね。
 
本庶:だから、無駄がないとうまくいかない。
ただ、明らかに無駄だと思われるもの、すなわち、明らかに結果が想定されるようなプロジェクトは駄目!
 
牟田:未知のものにチャレンジすることが重要なのですね。
 
本庶:そうです。多くの論文は、みんなが思っていた通りになりました、という論文が多いですが、これは意味がない。それだったら、始めからやる必要がないのでね。全く未知のことをやってみたら結果がこうなりました、というトライアルをたくさんやることが重要です。

インタビューに応える本庶先生

将来の科学技術の発展のため、若手研究者に恵まれた研究環境を

牟田:本庶先生は、常々、若手研究者を支援することの大切さを様々なところでお話しされていますが、実際に先生が取り組まれている大学に若手研究者の研究基金をつくるご活動について教えてください。
 
本庶:それ、まだ一銭も集まっていないけどね(笑)。
でもね。これは日本だけではなくて、アメリカでもそうですが、財政赤字で研究費が増えてないですよね。世界で唯一研究費用が増えているのはドイツ。それ以外は、どの国も研究費に困っています。ただ、アメリカ、そしてイギリスも、民間の資金、それもかなり大きなものが研究に回っているし、研究費を集めるチャリティなどの活動がありますが、日本ではそういう活動がほとんど起こらない。しかし、政府のお金だけに頼る時代はもうおしまいで、これからは日本でも、企業活動からアカデミアにもっと研究費を還元していかないといけない。
特に、アカデミアの研究シーズ(種)から成果を得た企業の場合は、やはりその果実をアカデミアにリターンして、次の若い世代がゆったりと研究できるような環境を作ってあげないと。毎年、研究費の申請で多くの時間を取られるという状況は、余りいいことではないですね。
政府の研究費も、これは政治家の宿命なのですが、3年とか5年しか研究期間がない。それは、自分の任期中に何か成果を出してほしいということが背景にあるわけですが、3〜5年で結果が出る研究というのは、それはもう研究しなくても結果がわかっていることなんですよ。研究者も馬鹿じゃないから、3年とか5年ぐらい先のことはわかります。だけど、本当に重要なのは10年、20年先のことです。そこは、じっくり研究してみてくださいと、黙って研究費を出すくらいの度量が必要です。

インタビューに応える本庶先生牟田:研究費を取るための研究をやりながら、本来の研究をされている研究者が多いかなと思うのですが。
 
本庶:いやいや、ほとんどの研究者はそうするんだからね。
 
牟田:これからは先生がおっしゃるように研究費を循環させていかないと。
 
本庶:日本の科学技術は発展しないと思いますね。特にこれからは、非常に重要だと思いますよ。
 
牟田:ニボルマブで、基金の立ち上げなどをお考えなのでしょうか。
 
本庶:もちろん、僕が特許料をもらえればそういう形にしたいと思いますけどね。それ以外でも、やはりいろんな企業からそういう形で基金に研究費が入ることを期待していますね。

神戸での取組みについて

神戸医療産業都市を世界でオンリーワンの医療拠点へ

神戸ポートアイランドのポートピアホテルから北を臨む牟田: 神戸医療産業都市は、今年7月に進出企業数300社を超え、久元市長も新たなステージ「開花期」に入ったとよく表現しています。本庶先生には、その中核的存在である先端医療振興財団の理事長にご就任いただきました。先生のお考えになる神戸医療産業都市の進むべき方向性について教えてお聞かせください。
 
本庶:神戸医療産業都市は、ご承知のように阪神・淡路大震災からの復興事業として始まったものなので、神戸や神戸市民のためということもとても大事ですが、やはりこれは神戸が先導して、日本全国、あるいは世界に貢献するというふうに考えた方がいいと思いますよ。このポートアイランドは海で世界につながっているわけですから、そういう意味でも、知的産業としても世界につながっていくことが望ましいと思いますね。
そしてもちろん、世界に貢献することができたら、神戸にリターン(還元)されますよ。神戸は世界のひとつなんだからね。それ以上に、もっと大きなものが返ってくると思いますね。

神戸ポートアイランドのポートピアホテルから神戸医療産業都市を臨む牟田:今年8月に我々が開催した首都圏セミナーにご登壇いただく際にも、本庶先生から神戸医療産業都市の将来像として、「世界の医療拠点へ」というお言葉をいただき、それがセミナーのタイトルにもなりました。先生が、「世界の医療拠点へ」という言葉に込められた思いをうかがえて、とても嬉しく思います。
それでは、今後、神戸医療産業都市が世界の医療拠点を目指すために必要なことは何だとお考えですか。
 
本庶:どうやって実現するかはいろんなやり方がありますが、僕は、どこででもやっているようなことではなくて、ユニークな取り組みをやるべきだと思います。
正直言うと、日本の製薬、医療機器の力は世界的に見て非常に弱い。
 
牟田:開発力ですか。
 
本庶:開発力だけではなく、企業力自体が。世界のトップ10に日本の製薬企業は一社も入っていませんし、それはなぜかというと、全ての規模が小さい。自動車の世界で言えば、トヨタは世界で1、2位になっていますが、製薬・医療でトップ10に入る企業はいない。だけど数では絶対負けない。絶対1位です。世界中にまともな製薬企業は20数社しかないのに対して、何と日本では数え方によっては50社ほどあると言われています。だけど、資本力が小さくて何もできない。
先ほども言ったように、ライフサイエンスはいろんなことをやってみることが重要なので、資本力さえあれば必ず勝ちます。そういうライフサイエンスの特性をしっかり認識して、100倍以上の資本力を持っているような世界の大メガファーマと対等にやろうと思ったら、同じことをやっていては駄目です。それではどうするか。やはり、先ほど申し上げたとおり、ユニークなことをやらなくてはいけない。
 
牟田:ユニークな取組みで、先生が今お考えになっていることはありますか。
 
本庶:あのね、そういう質問は最悪!もし、僕に何か考えがあるとするでしょう。そんなこと僕が言うと思う?言うわけがないでしょう(笑)。
 
牟田:それはそうですね。失礼いたしました(笑)。それでは、神戸でそのような取組みを進めていただけるのを心待ちに、私たちは先生に付いていきますのでよろしくお願いいたします。
 
本庶:いやいや、僕がユニークなことをやるという意味ではなくて、ユニークなことをやりたいという人を集めて色々やれば、必ず他にはないものがここから出てきますよ。
 
牟田:やはり人が重要なのですね。
 
本庶:そうです。人が重要です。

本庶先生からのお人柄に迫る!

ご趣味でも物事の本質を追求されている本庶先生

牟田:本庶先生は、京都大学でご研究されながら静岡県公立大学法人理事長を務められるなど大変ご多忙の中、このたび財団の理事長にご就任されました。このように精力的にご活躍される先生のエネルギー源となるようなリフレッシュ法、ご趣味などをぜひ伺いたいと思います。
 
本庶:僕にとっては、運動、それと専門外の本を読むことですね。特に僕は歴史が好きなので、古代から近代まで非常に幅広く歴史の本を読みます。それから、運動はゴルフが好きで、この連休も5日中3日ゴルフをしました。
 
牟田:3日ですか。3日もコースに出られて!?
 
本庶:僕は、マットの上で打つのは嫌いなので、練習は全くしませんね。
 
牟田:何か、ゴルフもライフサイエンスと似ているような、多少予想がつかないところとか。
 
本庶:ゴルフはどこへ球が飛んでいくか予想がつかない?それだと困るじゃない(笑)。
 
牟田:何か次の一打でどんどん展開が変わっていく感じが、ライフサイエンスと同様に将来の予測難しくもあり、だからこそリフレッシュにもなり。
 
本庶:それは結構正しくて、ゴルフというのは、打つたびに毎回フェアウェイの傾斜が違ったり、同じ場所でも次はもう草の長さが変わっていたりとかね。
 
牟田:整備具合で違うんですね。
 
本庶:全然違う。二度と全く同じ状況は起こらない。だから、なかなか上手くならないし、なかなか飽きないわけです。毎回、その状況を見て判断して、違うようにプレイしなきゃいけないのでね。
 
牟田:同じコースでも毎回新しい発見があるのですね。
ゴルフが一番お好きだと思うのですが、昔から他にもされているスポーツはありますか。
 
本庶:昔はテニスとか、色々やっていました。
 
牟田:研究者の方は、精神力もそうですが、体力も重要なのではないでしょうか。
 
本庶:体力はもちろん重要ですよ。

ゴルフ仲間の先生方とともに(本庶先生は右から2番目) [提供:ゴルフダイジェスト社]ゴルフ仲間の先生方とともに(本庶先生は右から2番目)
[提供:ゴルフダイジェスト社]
 

牟田:歴史書もお好きとのことですが、最近読まれた中で一番よかったものは何ですか。
 
本庶:僕は今、陳舜臣さんの本をずっと読んでいます。すごく凝っていてね。中国の歴史という文庫本で、こんなぶ厚いのが7巻もある。今、6巻の清朝のとこまで読んでいて、非常におもしろいですよ。
中国がいかに異民族に侵略されて、ひどい目に遭っているか、あれを読まないと今の中国人を本当に理解することができないですね。日本みたいに、異民族支配を経験してない国はあまりないでしょう。大陸の国はたいてい異民族支配を受けたことがあって、その間何百年とひどい目に遭っているんだからね。日本人の感覚というのは、ある意味世界の中では非常識ということを覚えておいた方がいい。
まあ、そういうことです。
 
牟田:研究と一緒で、やはり広い視野で歴史を見ると、人間の本質が見えてくるのでしょうか。
 
本庶:こんな短い間に人間は進化するわけではないから、やはり同じことを繰り返していますよね。

本庶先生からのメッセージ

志、それは明確なビジョン!全ての道はそこから始まる

インタビューに応える本庶先生牟田:本庶先生のご発言は、研究者のみならず、神戸の若者そして私たち大人に至るまでとても大きなエールになると思います。最後に、本庶先生からインタビューをご覧の皆さまにメッセージをお願いいたします。
 
本庶:僕は、最近よく色紙に言葉を書いてくれと言われることがあってね。書くことにしている言葉は、「有志竟成」なんです。
 
牟田:有志竟成。難しい。。。
 
本庶:志が有れば事遂に成ると。中国後漢の皇帝の言葉だったと思いますが、要するに、やはり志が一番大切ですよ。神戸医療産業都市も、最初の志を立てたということが大切です。そして、それをずっと目指して行く。
 
牟田:震災から復興という志を立てて。
 
本庶:震災復興というのは志じゃなくて契機。志というのは、こういうことを成し遂げようという、明確なビジョン!それがしっかりないといけない。
 
牟田:それは、神戸医療産業都市のようなプロジェクトでも、研究者の方々にとっても、私たち一人一人にとっても言えることですね。
本日は本当にありがとうございました。

最後に

1992年のPD-1発見から、PD-1の抗体医薬が世に出るまで20年以上要したご自身の経験も踏まえ、最後までやり抜く志(ビジョン)の大切さと、長期的視点で基礎研究分野の裾野を広げて支援していくことの重要性を強調されていた本庶先生!
卓越した研究成果を輩出し続けてこられた本庶先生の研ぎ澄まされた精神と、科学技術の発展を我が子のように憂慮する優しいお人柄に触れ、インタビューでは、終始、心が洗われるような時間が流れていました。

左:本庶佑先生(公益財団法人 先端医療振興財団 理事長)、右:インタビュアー 牟田祐子(神戸市医療産業都市・企業誘致推進本部サイエンスコミュニケーター)左:本庶佑先生(公益財団法人 先端医療振興財団 理事長)
右:インタビュアー 牟田祐子(神戸市医療産業都市・企業誘致推進本部サイエンスコミュニケーター)