神戸市-KOBE-


第2回  「好奇心」を持ってリアルな世界をみること!そこから新たなイノベーションが生まれる。
シスメックス株式会社 家次恒社長(代表取締役会長兼社長)

最終更新日
2014年1月16日

インタビュー企画第2回は、シスメックス株式会社(以下「シスメックス」)の家次恒社長です。シスメックスは、神戸発の地元企業(1968年東亞医用電子として創業)として血球計数検査機器の開発から始まり、今やヘマトロジー※分野で世界トップシェアを占めるまでに成長した神戸の期待の星です。また、SNCS※(シスメックス・ネットワーク・コミュニケーション・システムズ)に代表されるような独自のビジネスモデルや試薬販売、国際展開により、現状に留まることなく、常に新たな目標に向かって進化を続けられています。
こんなシスメックスの成長の立役者である家次社長に、シスメックスと共に歩まれた道のりや今後の展開を伺うとともに、「神戸マラソン」「神戸医療産業都市(クラスター)」への支援にも表れているように、地元・神戸への熱い思いについて伺いました。
 
※ヘマトロジー:血液中の赤血球や白血球などの数や種類、大きさを分析する検査(血球計数検査)。
※SNCS:お客様の分析装置と、シスメックス・テクニカルサポートセンターをインターネットでオンライン化することにより、リアルタイムの外部精度管理・装置状態の自動監視や、Webによる情報提供を行うサービス。(出典:シスメックス用語集)

右:家次恒社長、左:インタビュア 牟田祐子(神戸市医療産業都市推進本部サイエンスコミュニケーター)右:シスメックス株式会社 家次恒社長
左:インタビュア 牟田祐子(神戸市医療産業都市推進本部サイエンスコミュニケーター)

<家次社長プロフィール>

1973年3月に京都大学経済学部卒業、同年4月に株式会社三和銀行(現三菱東京UFJ銀行)に入行。1986年9月に東亞医用電子株式会社(現シスメックス株式会社)に入社、取締役に就任。1990年3月に常務取締役、1996年4月に専務取締役(代表取締役)、同年6月に代表取締役社長に就任。2013年4月より代表取締役会長兼社長(現任)。
その他、神戸商工会議所副会頭、一般社団法人神戸経済同友会常任幹事、日本貿易振興機構神戸貿易情報センター会長、一般社団法人兵庫県発明協会会長を務める。

シスメックスの歩み

検体検査で世界中の人々の健康を守る

家次恒社長インタビュー風景牟田:シスメックスは、検体検査※を通してまさに世界中の人々の健康を守るという大きな役割を担っておられます。「Sysmex Way(シスメックスウェイ)※」という理念もありますが、御社が最も大切にしていること理念は何でしょうか?
 
家次:我々のSysmex Wayというのは、「ヘルスケアの進化をデザインする」というミッション(使命)を掲げています。
シスメックスはもともと技術を中心に発達した会社なので、技術をベース(基礎)にして、いかに今のヘルスケア、すなわち人々の健康に寄与するかがシスメックスの理念であり、それに向かって進んでいるということですね。
 
※検体検査(ダイアグノスティクス):血液や尿、細胞などを体の中から取り出して調べる検査。シスメックスは、「検体検査」分野で、血液検査や免疫血清検査、尿検査などを行うための機器や試薬、さらにはこれらに関するソフトウェアなどの研究開発から製造・販売・サービス&サポートまで手がけている総合メーカーである。(出典:シスメックス用語集)
※Syemex Way(シスメックスウェイ): 2007年4月に制定した、シスメックスグループの企業理念。シスメックスグループが社会に存立する意義(Mission)、大切にすべき価値観や経営姿勢(Value)、シスメックスグループで働く一人ひとりが遵守すべき心構え(Mind)で構成。(出典:シスメックス用語集)

シスメックスの成長の決め手となった経営方針

牟田:シスメックスは、多くの日本メーカーが苦境に陥る時代でも成長を継続してこられましたが、その決め手となった経営方針はどういうものだったのでしょうか?
 
家次:大きな要素は3つあります。

1 ビジネスのモデルを変えた

家次:我々は血液の分析装置を扱っていて、1980年くらいまでは主に機器を売るビジネスをしていました。1980年半ばから、高齢化に伴う医療コスト削減の必要性、また一方では、血液に直接触れる危険性が認識され始め、1990年くらいから検査室のオートメーション化(自動化)をスタートさせたんです。すなわち、血液検体を一旦セットすれば、血液に触れることなく自動で検査が完了する。当時、私が責任者としてこのシステムを立ち上げましたが、生産性や安全性を高めるとか、機械を売るだけではない違う価値を提供しようとしたのがきっかけでした。
 
家次:このようにビジネスモデルを変えた結果、当初は機械から得られる収益が主流だったのが、機械からの収益は3割くらいになり、むしろオートメーション化に伴う試薬とサービスが非常に大きな収益源になったんですね。

2 グローバル化(国際化)

家次:日本では今人口1億2千万くらいしかいませんが、グローバル(世界的)にみると70億の人たちがいるわけですよね。我々ヘルスケアの世界では、日本以外が圧倒的に大きなマーケット(市場)なんです。それまで海外では代理店を通じたビジネスをしていましたが、1990年代から、現地の代理店を買収して直接販売サービスをスタートさせました。
それから90年代後半、グローバル化の経営戦略の一つとして、当時まだマーケットではなかったアジアに注目して現地法人も立ち上げました。その結果、今ではアメリカも含めて全世界でグローバルな直接販売サービスのネットワークができたということですね。

3 大きな世の中の時流を読む

家次: 80年代から情報通信革命といってITの時代になりました。
我々はITを使って、全ての機械にネットワークの性能を埋め込んでサービス&サポートに利用したんです。我々のサービスのコンセプト(基本概念)は、機械がトラブルを起こしている時間(ダウンタイム)をどれだけ短くするか、要はどれだけ早く復帰するかです。人を送っていては間に合わない。やはり、ネットワークによってトラブルの兆候を事前に察知することでダウンタイムを最小限にする。このいわゆるSCNS※の構築にITを利用したことですね。
 
家次:時流という意味ではもう一つ、医療・ヘルスケアの世界では、ポストゲノム※や山中先生のiPS細胞※など、新しい技術が生まれています。すでにアメリカでは個別化医療(personalized medicine)※という話もありますが、従来のものと違った形の医療の展開の中で、我々も新たなものにチャレンジしてきたことが結果として、グローバル展開と継続的な成長を支えてくれたと思いますね。
 
牟田:すべての点において、時流を読むというのがすごく重要だったんですね。
 
家次:これだけ変化の早い時代ですから、今の時流を上手く読んで手がかりをつかみながら、次をどう考えて行動するが非常に大事だと思いますね。
 
※SNCS:お客様の分析装置と、シスメックス・テクニカルサポートセンターをインターネットでオンライン化することにより、リアルタイムの外部精度管理・装置状態の自動監視や、Webによる情報提供を行うサービス。(出典:シスメックス用語集)
※ポストゲノム:遺伝子の中から役立つものを探しだしてその機能を明確にし、さらに個人差を生む原因となる塩基配列の違いを解明すること。ポストゲノム研究が進むことで、個人の塩基配列の違いによる「テーラーメード治療」など、医療技術の進歩が期待できる。(出典:シスメックス用語集)
※iPS細胞(induced-Pluripotent Stem Cell: 人工多能性幹細胞):皮膚のような細胞から、人工的に遺伝子を加えることで色んな細胞になる能力(多能性)を獲得した細胞。
※個別化医療(personalized medicine):テーラーメード医療(tailor-made medicine)ともいい、ポストゲノム研究の進展にともない、個人の塩基配列の違いにより一人ひとりの個性にあった医療を行うこと。

対等なグローバルアライアンス(国際業務提携)で苦境の時代を乗り切る

牟田:創業から40年以上経て、シスメックスは検体検査で世界に誇る企業になられましたが、やはりここまで到達されるには並々ならぬご苦労があったと思います。社長ご自身が一番ご苦労されたことは何ですか?
 
家次:実は、自分としてはそんなに苦労と感じていないんですね。我々は一つは非常にタイミングが良く、時代の大きな変わり目にいたということがありますから。
日本がバブル崩壊で内向きだった頃、グローバル化にとっては非常に重要な時期でした。我々は90年代後半に、ヘルスケアで世界No.1のF・ホフマン・ラ・ロシュ社(スイス)とグローバルアライアンス(国際業務提携)を結びました。当時、我々は世界的にはまだ小さな会社でしたが、アライアンス(業務提携)というのはあくまで対等が原則なんですね。我々は、彼らが持っていないヘマトロジーというものを持っていて、そういう中で対等なグローバルアライアンスを結べたことが非常に良かった。今もずっと非常にいい関係でアライアンスが続いていますが、我々にグローバルに大きな道を開いてくれていると思いますね。

シスメックスのあゆみ(提供 シスメックス株式会社)

健康長寿を築くため「日本連合」で新たな医療に挑(いど)む

牟田:やはり、シスメックスの今後の展開がすごく気になるところです。今年10月には、川崎重工業と医療用ロボットの開発に向けたマーケティング会社「メディカロイド」を設立されたほか、国立がんセンターとがん診断薬開発に向けた連携を開始されました。このような新事業にかける家次社長の思いをお聞かせください。
 
家次:川崎重工業(川重)さんは、40年以上ロボット技術をされていて、産業用では第一人者ですが、医療用にはまだ参入していない。そして世界の潮流からいうと、ダヴィンチ※のような手術支援ロボットをはじめ、医療用ロボットはほとんどがアメリカ製なんです。ですから、川重さんのレベルの高いロボットの技術をどう医療に応用できるかということで、一年半ほど前から勉強会を立ち上げました。医療の場合は、薬事など色々乗り越える壁があるのですが、我々の本業は医療ですので協力してやっていきましょうと。地元企業同士でなおかつ神戸の医療産業都市という絶好の場所で、今回マーケティング会社をスタートさせたということですよね。
国立がんセンターについては、まさに日本最大級のがん研究所で、バイオマーカー※の探索も含めて幅広くがんについて研究されています。我々には、そういうバイオマーカーを診断薬化するという技術があるので、包括提携することになりました。
 
要は、「日本連合で何かできるか」という話です。今特に安倍内閣の第3の矢の成長戦略の中でも医療は重要な位置を占めていますから、そういう中で我々が新たな医療の形を生み出せればと思っています。
 
牟田:先ほども個別化医療というお話がでましたが、家次社長が思い描く将来の医療のあり方とはどういうものなのでしょうか?
 
家次:今日本でも寿命は伸びていますが、健康寿命をどう伸ばすが非常に大事なテーマなんですね。健康で長生きできるというのは誰もの願いであります。一方では、高齢化に伴う医療費の増加が懸念される中、健康寿命・健康で長生きする社会をつくるためには何らかの科学技術のサポートが必要です。
先端的なところでは、個別化医療(personalized medicine)のように、個人個人に有効な治療法を比較的安く提供できる可能性がでてきてますよね。そういう方向に今後進んでいくと思いますね。
また、地球規模では人口が増えていますし、中国やインドなどの新興国では西洋医療をどんどん取り入れているので需要が拡大しているんです。
 
このように、ヘルスケアというのは非常に多様で、先端的科学技術から発展途上国の話も含めてどうするか、そこに再生医療のような新たな医療技術やイノベーション(技術革新)を起こしていくなど様々な形で、健康で長生きできる世界をつくることがゴールじゃないでしょうか。
 
※ダヴィンチ(正式名称「ダヴィンチサージカルシステム」):博学者レオナルド・ダ・ヴィンチの名に由来した手術支援ロボット。鏡視下手術と同様に、傷口を小さくできて患者への負担が少ない。また、患部の立体画像を見ながらアームを遠隔操作するので医師の肉体的な負担が軽減されるほか、手ぶれや突発的な動きも制御することができる。
※バイオマーカー:特定の病気の存在や進行度を反映するタンパク質等の物質を示す。病気の原因となるタンパク質がバイオマーカーとして使用されることが多い。アルツハイマー病の場合、タンパク質の一種アミロイドの脳内組織への蓄積が病因と考えられているため、アミロイドをバイオマーカーとしてアルツハイマー病の進行度が診断される。

神戸からグローバルに発信!地元神戸に対する思いとは

シスメックスの研究所テクノパークの写真牟田:今や世界170カ国以上で製品とサービスを提供するほどグローバルに展開されている一方、機器製造は信頼の証のメイド・イン・ジャパンにこだわられています。中でも、本社や研究所は神戸にあり、工場は加古川や小野など兵庫県に集中していますが、大きく全国展開されないのはどうしてなのでしょうか?
 
家次:全国展開というか、わが社は神戸で生まれ育った会社ですから、そこでビジネスをするのが一番自然な形ですよね。それからグローバルに考えた時、東京に行かなくても神戸からでも十分発信できるわけですから。
 
牟田:もっと広いところを見られているということですね。
 
家次:例えば、アメリカの会社は、金融はニューヨークにあるけれどもそれ以外はほとんどバラバラで、様々な産業があらゆる所にあるのは当たり前の話なんですね。日本では霞が関の力が強いから一極集中していますが、これはどちらかいうと発展途上国型。我々は神戸で生まれて、ずっと神戸でしたから、神戸で物づくりしているわけで、ただ普通のことをやっているだけの話だとと思いますよ。
 
牟田:すごく心強いです。

神戸マラソンについて

牟田:そして神戸といいますと、11月に開催された「神戸マラソン」。シスメックスは、第1回大会からメインスポンサーとして「神戸マラソン」を支援・応援して下さっています。
「神戸マラソン」にかける家次社長の思いをぜひ是非お聞かせください。

市民マラソンで地元の活性化と健康促進へ

神戸マラソンスタート直後の様子家次:マラソンだけでなく、スポーツは健康と非常に強い結びつきがあるんですね。ヘルスケアで大事なのは、健康な人をいかに健康に保つかということ。そのためには、例えば酒を止める、食事制限するなどあるけれど、スポーツも非常に大事な要素ですよね。
それから、我々は今女子陸上競技部を持っていまして、マラソンの野口みずき選手など、主に女子の長距離、駅伝をやっています。そういう中でちょうど3年前、神戸マラソンのスタートにあたって協賛のお話をいただき、特別協賛させていただくことになりました。
やはりこういう地域のマラソンでは、当然ながら地元が主体となってやる、スポンサーシップも地元の会社がやることが大事なんでね。
それと今マラソンはかなりブームになってましてね。神戸マラソンではたくさんの人たちが、しかもアスリートはごく一部で、普通の人たちが42キロ走るわけですからね。
 
牟田:皆さん完走される方が多くてびっくりしました。
 
家次:すごいことですよね。昔はマラソンで42キロ走るといったら特別な人でしたが、今は普通の人が走る時代になってますしね。そんな中で、市民マラソンというのは地元の活性化、そしてもちろん健康にとっても非常にいいわけですから、特別協賛させていただいています。
 
(写真提供 神戸新聞社)

地元と密着した活動が結束力を培う

牟田:そして「神戸マラソン」には、毎年多くの社員の皆さまがボランティアとして参加されていると伺っています。このような地元と密着した活動が、社員の皆さまに与える影響はどのようなものなのでしょうか?
 
家次:やはり、走る人、ボランティアの人達、それから応援の人達がそれぞれが役割を持ちながら参加するので、皆さん盛り上がるし、心が一つになるわけですよね。これはある種の結束力を培うのに非常にいいことです。
それに、走った方々は大きな達成感を持たれますし、いわゆるスタッフ系の方々は成功して良かったなという気持ちで、ビジネスの言葉でいうと、みんながウィンウィン(win-win)を作れる状況にあると思いますね。
 
牟田:ボランティアの方も皆さん一緒に参加されているような感じでした。
 
家次:そうですね。秋の気候のいい時期に、みんなで走るという非常に健全なスポーツで、なおかつ神戸の街が盛り上がる。また、日本中そして海外からもランナーが参加されますから、交流の場としても非常に意味があると思います。
 
牟田:是非今後ともよろしくお願いいたします。

神戸医療産業都市について

牟田:引き続き神戸に関しますと、神戸市がポートアイランド(PI)第2期で推進している「医療産業都市」は、15年かけて日本最大の医療産業クラスターに成長しました。家次社長は、神戸商工会議所の副会頭も務められていて、メディカルクラスター(高度専門医療機関等の集積)をご発案をいただいたほか、医療産業都市に多大な支援をして下さっています。長年にわたり「医療産業都市」を支援・応援して下さっている理由をぜひお聞かせください。

知識集約で医療・ヘルスケアを日本の産業に

家次:医療産業都市は、95年の阪神・淡路大震災のあと神戸をどういう形で復興させるかということで、今もご尽力いただいている井村先生が提唱されて98年からスタートしました。医療というのは、要は知識集約なんです。
神戸はもともとは歴史的に港町で、そこから高度成長のとき重厚長大が非常に盛んな街だったわけですね。その次に発展したのは、神戸の場合は食品・お菓子や、ファッションだった。そして結局、地元神戸の産業構造を将来に渡ってどう考えるかというときに、先ほども言ったように知識集約が重要だと言われてきました。
日本は資源はないが、知識を集約して先端的なものやっていく。その意味で、医療・ヘルスケアというのは、次世代の神戸の産業にとっても非常に重要な分野です。それから、この分野はグローバル発信しやすくて、優秀なものをつくれば世界中に広められるという面があります。
  
牟田:世界共通ということでしょうか?
 

家次恒社長インタビュー風景家次:そうですよね。世界的には人口が増えているし、それから先進国では高齢化が進んでいて、高齢化すると病気になりやすいですしね。その中で、井村先生が提唱された医療産業都市構想は、特に神戸は震災の後だったこともあり、非常に時を得たというか、理想的な構想だったと思いますね。
そして我々は医療・ヘルスケアをやっている地元の会社ですから、やはりこの構想に協力していきたいという思いがありました。その後15年経ち、医療の場合は規制や様々な制約があり未だに達成できていない状況なので、今後さらに加速化する必要がありますね。そして、日本全体としても今後の産業をどう考えるかが重要で、そういうことをこの医療産業都市で推進し、さらにはそれを世界中に発信して日本の大事な産業にしていくことが非常に重要です。

ポートアイランドは医療産業を推進するには絶好の現代版「出島」

牟田:成長したがスピードが遅いというご指摘でしたが、日本では先陣を切ってグローバル化を進めてこられた家次社長からご覧になると、「医療産業都市」に要望したいことが他にもたくさんあると思います。社長が思い描くこのクラスターの将来像と、それを実現するために今のクラスターに何が必要かお考えをお聞かせください。
 
家次:中央市民病院が移転して、徐々にメディカルクラスター形成は進んでいますし、一方では、ヘルスケアにとっては重要なスーパーコンピュータ「京」やバイオ関係の発生・再生研もありますし、ある程度道具立ては出来てきました。いよいよ次は、これを産業にしていく必要があります。
そのためには、我々のような企業と臨床現場とがコラボレーション(協同)して、医薬品や医療機器など、先ほどの医療用ロボットもそうですが、新たなものを生み出していくことが重要です。
しかし現状では、薬事申請をクリアするのにかなり時間がかかってしまうため、製薬会社のほとんどがアメリカで研究開発しますから、日本の技術が日本で開花しないんですね。
 
牟田:もったいないですね。
 
家次:そういうところを、特区という形で取り除いていくことが必要だし、僕は昔から現代の出島だと言ってたんですが、ポートアイランドは特区としてやっていくには非常に理想的な場所でもありますよね。
ここまで、第1章では医療産業都市全体の構想があって、ようやく第2章で病院等の道具立てが揃ってきた。そして今後本当の出口というのは第3章で、それがまさに産業にしていくことじゃないでしょうか。そこが勝負ですから、そういう意味で15年経ちましたけれどもまだ道半ばですね。
 
牟田:やっと第2章に到達したという感じでしょうか?
 
家次:そうですね。それも今病院などを造っている段階ですし、第2章もこれからの話のところもありますね。

家次社長からのメッセージ

牟田:最後に、私ども神戸市は、家次社長のように世界を舞台に活躍する人材が神戸から育っていくことを願っています。
ぜひ、世界を夢見る子供や若者たちに対してメッセージをお願いいたします。

好奇心と行動力で新たなものを生み出す力に

家次:子供たちは特にですが、大事なのは好奇心だと思うんですよね。今どちらかというと、子供たちはバーチャル(仮想、虚像)の世界にいますが、本当はリアルなものを見たときにどう感情が動くか、コミュニケーションもメールじゃなくてface to face(対面)で話をするなど、実際に動いて何かを体験することを是非やってもらいたいです。本当に面白いことというのは、実際に行動して初めて発見できることがたくさんあるわけです。今、日本の子供たちは運動量が落ちているように思いますが、できるだけリアルな体験ができるようにもっと行動力をつけて外に出てもらいたいと思いますね。
 
牟田:広い世界を見るということですね。
 
家次:そうするとたくさん発見や気づきがあると思います。そういうときに今の好奇心を持っていると、想像力が掻き立てられたり、イノベーションなんかが生まれたりするんじゃないかと思います。
 
牟田:家次社長ご自身も、子供時代そういうお子さんだったのでしょうか?
 
家次:僕たちのときはインターネットのない時代でしたから、どこかに行くしかありませんでした。だから言えることですけどね。
 
牟田:それはお子さんたちだけじゃなくて、私たちにもすごく当てはまると思います。
 
家次:そうですね。だんだんいわゆる不精になってきていますよね。座っていても何でもできて、何でも分かるというような時代ですが、それは必ずしもよくないと思いますね。
 
牟田:家次社長、どうもありがとうございました。

家次恒社長インタビュー風景

SCのコメント

地元神戸の企業として出発されてから45年。シスメックスは、神戸が世界に誇る企業に成長しました。そんなシスメックスの成長を牽引してこられた家次社長の言葉には全て、どこかとてつもないパワーが漲(みなぎ)っています。
 
第2回シスメックス家次社長のインタビューはいかがでしたか。神戸を心から愛して応援を厭(いと)わないシスメックスとともに、「神戸マラソン」「神戸医療産業都市」をはじめ、神戸の街をどんどん盛り立てていきたいですね。
 
(SC:牟田 祐子)

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