神戸市-KOBE-


第1回 「やりたい」という気持ち!それも、ものすごく強く。そうすれば道は拓ける。
(独)理化学研究所 発生・再生科学総合研究センター
網膜再生医療研究開発プロジェクト プロジェクトリーダー 高橋政代先生

最終更新日
2014年1月16日

右:高橋政代先生、左:インタビュアー三木孝(前神戸医療産業都市推進本部長)第1回は、理化学研究所(理研)発生・再生科学総合研究センター(CDB)の高橋政代先生へのインタビューです。高橋先生は、網膜の再生医療にむけた研究に取り組む一方、眼科医として患者さんの診療にもあたっておられます。今年2月28日には、「ヒト幹細胞を用いる臨床研究に関する指針」に基づく審査を厚生労働省に申請され、世界初のiPS細胞を使った臨床研究の実施に向けた第一歩を踏み出されました。
 「網膜研究は生涯の仕事!」と力強くおっしゃる高橋先生。そんな先生の網膜研究との出会い、網膜研究のトップランナーとして走り続ける原動力はどのようなものなのでしょうか?そして、今までお聞きできなかった先生の意外なお人柄についても伺ってみました。
 
右: 高橋 政代先生
左: インタビュアー 三木 孝(前神戸市医療産業都市推進本部長) 

<高橋先生プロフィール>

1986年 京都大学医学部卒業
1986年 京都大学医学部眼科勤務
1988年 京都大学大学院医学研究科博士課程(視覚病理学)
1992年 京都大学医学部眼科助手
1995年 アメリカ・サンディエゴ ソーク研究所研究員
2001年 京都大学付属病院探索医療センター開発部助教授
2006年 理化学研究所 発生・再生科学総合研究センター
      網膜再生医療研究チーム チームリーダー
(2012年〜組織改正により網膜再生医療研究開発プロジェクト プロジェクトリーダー)
また、先端医療センター病院診察部眼科部長(網膜再生医療分野)および神戸市立医療センター中央市民病院非常勤医として眼科患者の診察を担当。京都大学大学院医学研究科客員教授(生体情報科学)兼任。

世界初の臨床研究について

新しい時代を切り拓く!iPS細胞を使った網膜再生医療

− 先生は世界初となるiPS細胞(人工多能性幹細胞)をつかった臨床研究を厚生労働省に申請中ですが、今の率直なお気持ちをお聞かせください。
 
高橋:理化学研究所に来る前に、ES細胞(胚性幹細胞)から茶色い細胞(網膜の色素細胞)ができるのを見て、これは治療に実用化できると確信しました。そんな中、7年前にiPS細胞が開発されて、iPS細胞を最初に実用化するのは私たちだろうな、とすでにそのとき思ったわけです。ですので、私たちが一番だ!というワクワクはもう7年前に感じていて、今はむしろ非常に冷静に「やっとここまで来たな、いよいよ本当の治療法をつくるという次のフェーズ(段階)への最初の一歩だな。」という気持ちです。

−今申請されている臨床研究は、わかりやすく言うとどういった研究ですか?
 
高橋:iPS細胞という体のどの部分にでもなる細胞を使って、眼の網膜(眼球の中で光を受け取るところ)に起こる「加齢黄斑変性(かれいおうはんへんせい)」という病気の治療法の開発を目指すものです。この病気は、網膜の真ん中が悪くなって、視界の一部分がゆがんで見えたり視力が大きく低下したりしますが、現在、根本的な治療法がありません。悪くなった網膜細胞を、iPS細胞から作成した細胞に置き換えることで、根本的な治療法をつくろうとしています。患者さんとしては、加齢黄斑変性が50歳以上の方に多い病気なので、高齢で視力0.3未満の方の中から6名の方を選ぶ予定です。

−この臨床研究申請に至るまでに一番ご苦労されたことは何ですか?
 
高橋:基礎研究に関しては、理化学研究所の最高レベルの技術を全て使わせてもらっているので、私自身としてはそんなに苦労を感じませんでした。基礎研究から臨床にいたる段階で、いろんな機関にまたがって連携をとるのが難しいところでした。臨床研究への応用というのが、立場の違いによって幅広いイメージがあるため、チームとしてその方向性を一致させるのに、最初は苦労しましたね。 

この治療をより早く患者の皆様に届けたい!そのためには国の支援も重要

高橋政代先生インタビュー風景画像− 様々なご苦労を乗り越えられ、今後、厚生労働省の審査結果に基づいて臨床研究を始められるわけですが、まだまだ国の支援が必要だと思います。具体的なご要望などがあればお聞かせください。
 
高橋:今たどり着いたのは臨床研究という仕組みですが、本当の治療をつくるためには、もっと患者さんの数を増やして臨床治験※というものをしなくてはいけません。その際、薬事法の規制を通っていく必要がありますが、現行の薬事法は、必ずしも再生医療の特性を十分に踏まえたものとはなっていなかったので、そこが難しいところではありました。でも、iPS細胞という力が本当に強いなと思うのは、厚生労働省、文部科学省をはじめ、国全体が本当に実用化していこうという思いがあるので、すごく変革されて、規制も変わろうとしていることです。この1年で、急速に変わろうとしています。そこで、いろんな交渉ごとを省庁ともさせていただくのですが、1時間の会議のために東京に行かなくてはならないという大変な面はありますね。
 
※治験:薬事法に基づく医薬品や医療機器の承認を得るために実施される臨床研究 

− 神戸市をはじめ、関西の6自治体ではPMDA(医薬品医療機器総合機構)※の関西における拠点、いわゆる「PMDA−WEST」の設置を要望しているのですが、そういった取り組みはどう思われますか?
 
高橋: それができると非常に助かりますね。PMDAは頻繁に行かないといけないところですので、身近にそのような部署ができるといいですね。また、実情にあった規制をしていただくためにも、やはり現場に近いところで見ていただくことが重要だと思います。もちろん必要なレギュレーション(規制)は必要ですが、規制のハードルが高すぎると、それを乗り越えるための経費が全て医療費に返ってきますし、再生医療の振興や産業化にも非常に大きな影響を与えると思います。
医療費とレギュレーションはものすごく密接に関係しています。具体的に言うと、セルプロセッシングセンター(細胞培養センター)で、1部屋あたり何人分の患者さんの細胞を作っていいかによって、1,000万円の治療になるか、100万円の治療になるかということが決まります。せっかく細胞が作られても、ものすごく長い期間とお金がかかったのでは、結局は治療に届かない。再生医療というのは、最初は効果が薄くてコストがすごくかかる。そこから効果が上がってきてコストが下がるので、このコストとベネフィット(治療効果)が見合うところが普通の治療だと思うんです。そこをより早く実現していくためには、レギュレーションの在り方が非常に重要な問題ですね。

※ 医薬品医療機器総合機構(Pharmaceuticals and Medical Devices Agency: PMDA):
医薬品の副作用や生物由来製品を介した感染等による健康被害に対して、迅速な救済を図り(健康被害救済)、医薬品や医療機器などの品質、有効性および安全性について、治験前から承認までを一貫した体制で指導・審査し(承認審査)、市販後における安全性に関する情報の収集、分析、提供を行う(安全対策)ことを通じて、国民保健の向上に貢献することを目的とした組織

神経幹細胞との出会いから網膜再生医療の研究へ

網膜再生医療の研究者、そして眼科医として精力的に活動されている高橋先生。意外にも医師になったきっかけは、ご両親にお医者さんになるように言われたからとのこと。そんな高橋先生に、アメリカ留学中、ある細胞との運命的な出会いが訪れました。

生涯の仕事との出会い!網膜の治療を作るのは私の使命

− 京大からアメリカのソーク研究所に留学後、臨床医でありながら本格的に研究の道に進まれました。アメリカでの研究が、先生にとって大きな転機となったのでしょうか?
 
高橋:アメリカへ留学したとき、本当にいい環境の研究室にタイミングよく行くことができ、「一生の仕事はこれかな!」というものに出会えたんです。学生の時から医者になるために「こうしよう!」という立派な方もいますが、私は特に目標もなく35歳くらいまでいた中、留学先で「神経幹細胞」という新しい概念に出会いました。しかも眼科医でそれを知っているのは私だけ!と。そしたらもう、網膜の治療をつくるのは私の使命かな、と思って。そこから現在の研究が始まりました。

神戸の理研だから実現できる!総力戦で網膜の再生医療へ

− その後、先生は京大を経て現在の神戸理研(CDB)に来られました。CDBには、先生のような臨床医があまりいらっしゃらないと思うのですが、先生からみたCDBの印象はどのようなものでしたか?
 
高橋:京大から移るとき、やはり臨床も研究も両方を一流の場所でしたいなと思っていました。そのためには、最高の質のいい研究をされている理研で採用していただけるといいな、と。しかもここでは、先端医療センターなど一流の臨床の場も使わせていただける。そういうことを考えると神戸しかなかったし、もう一つ来てわかったのですが、研究所が外に開かれているということが、非常に魅力的でした。

− 神戸理研(CDB)は、竹市センター長をはじめ、医学者ではなく生物学者の方が多いですよね。臨床医である高橋先生にとって、かなりの環境の変化だったと思うのですが。
 
高橋:本当に最初は緊張しました。まさに異質、異端児でしたから。だけど理研のすごいところは、基礎研究でも本当に優れた方々がいらっしゃるので、どんなに分野が違っても、良いものか悪いものかということで研究を判断していただけるんですね。ですので、なんとなく私たちがやっていることを見ながら、少しずつ認めていただいたような気がします。今回の臨床研究についても、竹市先生とともに、野依理事長(2001年ノーベル化学賞受賞)、理研全体でサポートしていただいていて、すごく有難いと思っています。

高橋先生のお人柄に迫る!

スーパーウーマン高橋先生!先生を支える原動力とは!?

高橋政代先生インタビュー風景画像− 先生は臨床医としてもこれまでご活躍され、研究者としても網膜研究のトップランナー、かつ、子育てもされています。まさに世に言うスーパーウーマンですが、そんな先生を支える原動力はなんですか?
 
高橋:最初に言っておきますが、全部「ちゃんと」ということはないんです。コツはそれで、全部「ちゃんと」しないで我慢できるっていうことですね。全部ちゃんとしようと思うと絶対無理なわけで、ちゃんとしなくて我慢できること。でも、そこが一番辛いんですけどね。
何が原動力かなと考えると、他の働く女性たちを見ててもやはり責任感かな、と思うわけですね。それは、全部に責任をある程度持つと、途中で辞めるということは考えられないわけで。そんなことが続けるきっかけになったと思います。

高橋先生の意外なリフレッシュ法とは!?

− 以前先生は、24時間網膜のことが頭から離れないとおっしゃっていましたが・・・実はこんな方法でリフレッシュしているとか、研究のほかに意外なご趣味などあれば教えてください。
 
高橋:網膜のことを考えていると、いいモルヒネが出るのか気分はいいんですよ。その他は・・・大阪人なのでお笑い番組が好きですし、テレビも結構見ます。あと、ハードロックとかハードな音楽が好きなので、行き帰り、京都でも神戸でも、車ではガンガンに大音量で音楽を聴きながら運転しています。京都‐神戸間は新幹線なので、運転は往復で1日1時間くらいですが、車に乗っている間はもういつも大音量の音楽です!

神戸医療産業都市(クラスター)のこれから

クラスター内で連携してさらなる研究シーズ(種)を発信

高橋政代先生インタビュー風景画像− 神戸市は、トランスレーショナルリサーチ※の推進を神戸医療産業都市(クラスター)の目標において15年前から取り組み、それが今、高橋先生の手でまさに実現しようとしています。 今後さらに、このクラスターから革新的な研究成果を発信していくために、高橋先生がクラスターに要望することをお聞かせください。
 
高橋:神戸に来て本当に驚いたのは、新しい医療のイノベーション(革新)を起こそうという仕組みが本当にうまく整備されていたことです。このクラスターは、震災復興のために企画されたと聞いておりますが、たぶん市民の皆さんは、ここでの取り組みをあまりご存じないと思います。それが10数年経って、一つの治療法として還元できるのであれば、非常に良いのではないかと思います。今後も、クラスター内の研究所、病院、企業がもっと一体となって、さらに新たなシーズを生み出していけたらいいですね。

− 昨年9月からスーパーコンピュータ「京」も本格稼動し、今年4月からは、中央市民病院以外の新しい専門病院群がオープンしています。先生ご自身の次の新しい治療法も、神戸からちゃんと発信できれば良いなと思っています。
 
高橋:そうですね。素晴らしいのは、本当に次々先を見越して作られているので、私たちが今臨床研究を始めて次に何をしようかなと思った時に、もう既に次の段階の仕組みが整備されているという感じがします。ですので、今のところクラスターに要望することは全くなく、すごくありがたい、すごくいい環境だと思っています。
 
※トランスレーショナルリサーチ:基礎研究から臨床応用へ推進するための橋渡し研究

高橋先生からのメッセージ

日本の技術に誇りを!「やりたい」という気持ちを貫く

− 最後に、市民の皆さんへのメッセージをお願いします。特に、神戸の子どもたちが、先生のように世界で初めて!世界で一番!を目指してぜひ活躍してほしいと思います。そういう子供たちにもメッセージをお願いします。
 
高橋:もし、こういう新しい取り組みによって、元気が出たり、夢が持てたり、前向きな気持ちになっていただけるようであれば、すごく嬉しいことだと思っています。震災復興という意味でも、そういった貢献の仕方もあるのかなと。
そして子どもたちには、日本のレベルというのが、ここの研究所もそうですが、本当に世界で最高レベルなので、やる気さえあればいくらでも道が拓けます。「やりたい」っていう気持ちを、ちょっとやりたいな・・・ではなくて、「やりたい」っていう気持ちをものすごく強く持てば、なんでもできる国だと思います。そういう発信を神戸からできればいいなと思っています。

高橋政代先生インタビュー風景画像− 先生は、網膜の再生医療を目指されてからこれまでの間、全くと言っていいほどブレていないですね。
 
高橋:そうですね。ブレてないですね。「やりたい」っていう気持ちがすごく強いので、例えば今いるところでできないと思えば、それは別の場所を探すしかないわけですね。やりたいっていう「芯」があれば、たぶん何らかの方策を探して進んでいけるのではないかと思います。
 
− そこを妥協しないということですね。まさに、先生の今の生き方そのものですね。
 
高橋:そうですね。わがままだけはすごいですね(笑)
 
− それが大事だと思います。どうもありがとうございました。

サイエンスコミュニケーター(SC)のコメント

2006年に突如として現れたiPS細胞!高橋先生のiPS細胞を使った世界初の挑戦が続いています。そんな高橋先生を支え続けているものは、胸に深く刻んだ「使命感」、そして何よりも、心の底から「やりたい」とものすごく強く思う気持ちでした。
私たちは今まさに、この神戸で、新たな医療の時代の幕開けを迎えようとしています。

第1回高橋政代先生へのインタビュー。皆さんにとって、どんなサイエンスとの出会いがあったでしょうか? さぁ次回も、新たなサイエンスとの出会いを探しに行きましょう!第2回インタビューもどうぞお楽しみに!!
 
(SC:牟田 祐子)




[an error occurred while processing this directive]