神戸市-KOBE-


松原城跡の発掘調査現場を公開します!

記者資料提供(令和元年8月26日)
神戸市教育委員会事務局文化財課

松原城跡の発掘調査現場を公開します!

―三田城攻めに際し織田方が設けた付城の調査―

1.所在地

神戸市北区道場町日下部字西山
(神戸電鉄 神鉄道場駅 下車 東へすぐ)
 

2.調査に至る契機

宅地開発事業に伴う発掘調査
  

3.遺跡の名称

松原城跡(まつばらじょうあと)
  

4.今回の調査について

調査期間 平成31年3月18日から令和元年12月末終了予定
調査面積 約8,500平方メートル
 松原城は、「蒲公英(たんぽぽ)城」「道場川原城」とも呼ばれ、南北朝時代に赤松氏が三田城の支城として築いたものが始めとされています。のち赤松氏の流れを引く松原氏が代々城主となり、松原氏が城を去った後の織田信長の三田城攻めの際には織田方の付城(つけじろ)となり、羽柴秀吉の軍勢が入城したとされています。この場所は古くから「城山」と呼ばれ、稲荷神社もあり、地元の人々に親しまれていた場所でしたが、近年荒廃していました。
 今回の調査は、宅地開発事業に伴うもので、城が立地する独立丘陵全域が調査対象範囲となっています。
 城跡は丘陵頂部に東西2つの大きな曲輪があり、現在西側の曲輪2から調査を進めています。この曲輪2について新たなことがわかりましたので発掘調査現場を公開し、市民の皆様にご覧いただく機会を設けます。
  

5.今回の調査成果 

ア.高い土塁に囲まれた曲輪2と、曲輪2の内部には溝状に玉石を敷きつめた場所がある。
イ.曲輪1と曲輪2の間に深い箱堀を設けている。
ウ.防御性を高めるために街道側の土塁がより高く築かれている。さらに街道沿いに面して武者溜まり(曲輪4)を設けてより防御性を高めている。

6.中井均 滋賀県立大学人間文化学部教授のコメント

ア.小規模ではあるが中世城館全域を調査する例はあまりなく、貴重な資料となる。
イ.石敷き遺構は城館の中の「わび」空間としての茶室の可能性がある。
ウ.箱堀は秀吉が改修して設けたかも知れない。
エ.引き続き今後の調査が期待される。

7.千田嘉博 奈良大学文学部教授のコメント

ア.三田側を意識して戦う為の要素として、高く広い土塁を防御の要としている。
イ.在地領主の城としては規模が大きく、堅牢な土塁や箱掘の堀切がある点から、城を造り慣れた織田軍が改修したのだろう。
ウ.当時の史料にも記載された織田軍の付城の実像が考古学的にわかることは全国的にも重要である。
エ.今後の主郭(曲輪1)の調査に期待する。

8.現地一般公開

 令和元年8月31日(土曜)午後1時30分から3時まで、調査現場を一般公開致します。調査担当学芸員による遺跡解説もあります。(小雨決行)

交通

神戸電鉄 神鉄道場駅 下車 東へすぐ
*現地には駐車場がありません。近隣の方のご迷惑になりますので、公共交通機関をご利用ください。

当日の問い合わせ先

松原城跡発掘調査現場(北から)松原城跡発掘調査事務所  電話番号 090-9543-2230
(当日、天候不順の場合は、開催の有無を電話でご確認ください。)