神戸市-KOBE-


第4回シム記念・摩耶登山マラソン 参加ランナー募集開始!

記者資料提供(平成28年8月25日)
灘区役所まちづくり課 浅田・田井
TEL:078-843-7001 内線:912-224
nadaku@office.city.kobe.lg.jp

第4回シム記念・摩耶登山マラソン 参加ランナー募集開始!

1.第4回シム記念・摩耶登山マラソン概要

虹の駅の様子

<開催日時>

 平成28年12月3日(土曜)10時 (スタート)  ※雨天決行・荒天中止

<開催地>

 神戸市灘区摩耶山

<種目ほか>

種目定員金額
ロング(10キロメートル)コース200名  5,000円
ショート(3キロメートル)コース  50名  3,000円
わくわくチームラン(3キロメートル)コース 50組(1組2〜5名)  2,000円/人 

・ロングコース(10キロメートル)10時〜(制限時間3時間)

神戸高校同窓会館(スタート地点)→旧天上寺→掬星台→自然の家→掬星台(ゴール)
山道あり、沢渡りあり、変化に富んだ森林コース

 
 

・ショートコース(3キロメートル)10時45分〜(制限時間2時間)

神戸高校同窓会館(スタート地点)→旧天上寺→掬星台(ゴール)
山道をかけ登る短距離コース

・わくわくチームランコース(3キロメートル)10時55分〜(制限時間3時間)

神戸高校同窓会館(スタート地点)→旧天上寺→掬星台(ゴール)
楽しいゲームをしながらゆったり登るコース(1組2〜5人)

2.記録証・参加賞

[記録証]  当日、全完走者にお渡しします。
[参加賞]  摩耶登山マラソン2016オリジナルTシャツ ほか

3.申込方法

申込期日:2016年8月28日(日曜)0時〜2016年9月30日(金曜)23時59分 
※インターネット受付のみ(アスレックで検索・申込み)
http://www.hashiru-do.jp/sim-memorial/(大会WEBサイト)
※入金先着順。申込後、7日以内の入金有効。
※詳細は、大会WEBサイト・チラシをご覧ください。

4.主催、協力、後援、協賛

・主催

摩耶登山マラソン実行委員会
(神戸レガッタ&アスレチック倶楽部/つくばね登山会/灘百選の会/摩耶山観光文化協会/摩耶山再生の会/摩耶山を守ろう会)

・協力

神戸市灘区役所/兵庫県神戸県民センター/神戸市立自然の家

・後援

神戸商工会議所/読売新聞神戸総局/神戸新聞/ラジオ関西/Kiss FM KOBE

・協賛(50音順) 平成28年8月現在

アートスポーツ/アシックスジャパン株式会社/オテル・ド・摩耶/近畿タクシー株式会社/
ゲイロード/株式会社ケルン/株式会社ゴールドウイン/株式会社神戸製鋼所/
株式会社シマブンコーポレーション/神戸ウォーター株式会社/神戸市立王子スポーツセンター/
神戸市立六甲山牧場/サンナッツ食品株式会社/鈴木薄荷株式会社/学校法人高羽幼稚園/株式会社日穀/
萩原珈琲株式会社/白馬堂/株式会社finetrack/摩耶山天上寺/みなと観光バス株式会社/monte702/ランスタ神戸/六甲産業株式会社

5.問い合わせ先

大会ホームページ(http://www.hashiru-do.jp/sim-memorial/)
電話:050-3595-4975(受付時間9時〜18時 土曜・日曜・祝日除く)

6.シム記念・摩耶登山マラソン とは

 本マラソンは、日本初のロングロードレースと言われている、神戸レガッタ&アスレチック倶楽部が約140年前に開催した、旧居留地と摩耶山を往復するロードレースを一部再現するものです。 当時のロードレース優勝者である「アレクサンダー・キャメロン・シム」の業績を讃え、「シム記念・摩耶登山マラソン」として歴史あるロードレースを開催します。

<A.C.シム氏 略歴>

シム氏1840年(天保11年):スコットランドのアバールに生まれる。
1870年(明治3年) :長崎に来日、数か月後に神戸に移る。KR&AC(神戸レガッタ&アスレチッククラブ)」を創設。居留地18番にシム商会を設立し独立。
1872年(明治5年):KR&AC主催で居留地⇔摩耶山天上寺往復14.5キロメートルの長距離ロードレースを開催。シム氏が1時間24分30秒で優勝。
1880年代 :ラムネ(レモネードが訛ったもの)の製造販売を開始。当時コレラが大流行し多くの死者を出したが、ラムネには予防効果があるとの新聞報道により、爆発的に売れる。
シムのラムネにはシム商会の住所の18番というラベルが貼られていたことから、ラムネの事を当時「18番」と呼んでいた。
1880年〜1890年代 :当時、居留地では火事が多いことから自衛消防隊が結成され、シムは隊長として活躍、すべての火事現場に駆けつけていたと言われている。隊長引退後は、県の終生顧問に任命され、火災保険会社からは感謝状と金一封を贈られている。
1891年(明治24年)の北美濃地震や、1896年(明治29年)の三陸津波の際は、義捐金を集め食料や衣料を持って現地を訪問、ボランティア活動を行っている。こうした活動に対し、明治天皇から酒杯を下賜されている。
1899年(明治32年) :治外法権撤廃の手続きに当たり、居留地外国人を代表して出席し署名。
1900年(明治33年) :腸チフスにて急死
1901年(明治34年) :東遊園地南西角にシムを称える記念碑建立(現存)。
*再度山の外国人墓地にあるシムの墓には「A TRUE MAN」(男の中の男)と刻まれている。

◆関連資料

◆関連リンク

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