神戸市-KOBE-


 

定例会見 2017年(平成29年)1月12日

最終更新日
2017年1月17日

発表項目

NPO学生交流拠点「神戸ソーシャルキャンパス」の設置〜学生のNPO活動等への参画・起業を促進します〜
(7分23秒)

質疑

発表項目についての質疑応答

その他の質疑応答

発表項目

NPO学生交流拠点「神戸ソーシャルキャンパス」の設置〜学生のNPO活動等への参画・起業を促進します〜

久元市長:
 平成29年、最初の記者会見を行わせていただきたいと思います。改めて、今年もどうぞよろしくお願い申し上げます。
 今年は、神戸港が開港して150年、大変記念すべき年になります。この年に改めて、神戸港の一層の発展を期するとともに、港、また、海とともに歩んできた神戸の一層の発展、そして街のにぎわい、活性化、市民生活の向上のために全力を尽くしていきたいと考えております。



 今日、私からお話を申し上げるテーマは1点です。NPO学生交流拠点、神戸ソーシャルキャンパスを設置したいと考えております。
 この神戸ソーシャルキャンパスは、NPOの皆さんと神戸の市内を中心とした学生の皆さんとの交流の拠点です。NPOの皆さんは、特に震災もありましたので、災害への対応、防災という面も含めて、極めて多彩な活動を神戸市で展開されていまして、そして、NPOの活動には、たくさんの市民の皆さん、また市民以外の皆さんも参加をされています。同時に、NPOの活動を進めていく上で、若手の参加ということがNPOの側では求められているわけです。社会のさまざまな課題、地域社会で生起しているさまざまな事象を解決する上でNPOの活動というのは大変重要ですから、若い世代の皆さんが、このNPOの活動に積極的に参加をしていただいて、地域の問題と真正面から向き合い、これらの課題の解決のために活動をしていただくということは、これは非常に大切なことであると思います。



 一方、大学の先生方、学長の先生方との懇談会も定期的に開催をしていますが、学長の先生方からは、大学も学生も、地域にもっと積極的に貢献をしていきたいという意向を強く持っておられます。学生の皆さんの側でも、地域で活動したいというニーズがあります。こういう両方のニーズを結びつける場として、今回、神戸ソーシャルキャンパスという名称をつけましたけれども、拠点を設置するということにいたしました。



 1月29日の日曜日にオープンいたします。場所は三宮の再整備の予定地でありますが、サンパルの2階、約65平米にオープンをいたします。運営時間は14時から20時30分ということで、夜も活動できるような場所にいたします。定休日は月曜日、写真にありますような、これはあくまでもイメージですけれども、こんな雰囲気になるのではないかと考えています。



 事業概要ですけれども、この神戸ソーシャルキャンパスは、有志の大学生の皆さんから構成される学生運営委員会が、事業の内容を企画いたしまして、立案をいたします。そして事務局は特定非営利活動法人「しゃらく」の皆さんと一緒に運営をしていただくということになります。



 この拠点にはコーディネーターの方が常駐をいたしまして、NPO活動やソーシャルビジネスに関する相談を受け付けます。NPOなどのボランティアの募集、インターン募集情報をデータベース化いたしまして、SNSなどを通じて最新の情報を学生の皆さんを中心に発信いたします。また、この団体においてボランティアスタディツアーを実施いたしまして、学校では学ぶことができないさまざまな体験の場を提供いたします。そして、商店街の活性化とか、あるいは子供の貧困問題というような、今、地域が直面している大変重要な課題に複数の学生の皆さんがチームを組んで活動して、解決に向けて取り組んでいただくというような取り組みを行います。また、NPOなどに学生の皆さんを一定期間派遣いたしまして、実際に社会的活動に取り組むということの中で、学生の皆さんの中には、NPOに就職をしたいという方が出てくることも期待をしたいと思います。また、NPO、あるいは企業との求人の連携を行いまして、学生の皆さんに対する就職支援を行っていきたいと考えています。さらに、市内企業からスポンサーを募りまして、優秀なソーシャルビジネスプランに対して賞金を提供するとともに、実際に起業できるように支援をしたいと考えております。神戸ソーシャルキャンパスのオープンに合わせまして、勤労会館2階の多目的ホールで記念フォーラムも開催をしたいと考えております。



 こういうような取り組みも含めて、神戸のNPO活動の活性化、そして学生の皆さんが、いわゆる地域の中で、それぞれの規模や、あるいは問題意識に応じた活動に参画できる機会を増やしていきたいと考えております。昨年、策定をいたしました神戸2020ビジョンでは「若者に選ばれるまち」というテーマを掲げています。若者の皆さんが、地域のために活発に活動することができるような機会を提供することは、このような2020ビジョンの方向性にも沿っていると感じています。
 私からは以上です。どうぞよろしくお願い申し上げます。

発表項目についての質疑応答

NPO学生交流拠点「神戸ソーシャルキャンパス」の設置〜学生のNPO活動等への参画・起業を促進します〜(テキスト版)

記者:
 運営事業者が「しゃらく」ということですが、基本的に市が事業を委託するという形なんでしょうかまた、運営資金というのは、市から提供されるという形で、整備するのも市からお金が出ているものなんでしょうか。



久元市長:
 そうです。サンパルに対する賃料は神戸市が負担をいたします。また、整備も神戸市が行いまして、活動に対しては、今年度の予算、これは1月から3月分ということになりますが、3カ月分の運営のために200万円補助するということを予定しています。



記者:
 わかりました。



記者:
 概要のところに利用者数(想定)と書いてあるんですけれども、平成31年度となっているのは、ある程度周知されてからの利用者数というふうに想定されているのでしょうか。



久元市長:
 この利用者数も、正直、どれぐらいになるのかという見込みは、ちょっと今はなかなか立てようもないと思うんですけれども、今年1月にスタートさせまして、29年と30年と、軌道に乗れば、1万人ぐらいの利用者を見込めるのではないかという、あくまでも想定です。



記者:
 周知の方法というのは、先ほどデータベースを、SNSを通じて学生に発信するということだったんですけれども、それ以外にはどうやって学生の参画を促していこうと考えていらっしゃるんでしょうか。



久元市長:
 もともと、こういう事業を考えた契機として、私どもと市内の学長の先生方との懇談会で、地域に貢献をしたいという意向が大学の側にもありますし、学生の皆さんの間でもあります。ですから、この情報は市内の全ての大学を通じて学生の皆さんに伝わることになります。また、折に触れて報道機関の皆様からも報道していただければ大変ありがたいと考えております。それ以外にも、さまざまな方法で、例えばSNSなども使いながら広報に努めていきたいと思っています。



記者:
 ありがとうございます。



記者:
 まず、このソーシャルキャンパスに登録する、NPO等の団体のほうから登録をするなり何なりしないと機能しないと思うんですけれども、スタート時でどのぐらいのNPOの団体が登録というか、どのぐらいの団体の情報を集めてくるのでしょうか。あと、神戸市内のNPOのみを登録するのか、それとも県内全域、もしくは全国とか、どのぐらいの範囲のところをカバーするのかという点。
 それともう1点は、そもそも当初からやっている有志の大学生から成る学生運営委員会ですが、スタッフとして働いている学生運営委員会はどういう方がやられているのか、その3つをお願いします。



久元市長:
 3番目の質問は私からお答えいたしますが、学生の委員会には少なくとも今、30名ぐらいの皆さんが現にこの準備のために活動していただいています。30名の学生の中で1番多いのは、神戸女子大学の皆さんです。それ以外の皆さんも設立準備に参加されると思いますが、既に30名ぐらいの学生の皆さんが参画をしていただいています。



職員:
 NPOに関しては、市内に今770ほどあるんですが、どの団体でも一応利用することは可能です。具体的にどのNPOがこれに参画するかということについては、これからです。基本的には市内のNPOということで考えています。



記者:
 情報はどうやって集めてくるのでしょうか。



職員:
 NPO「しゃらく」は、中間支援NPOということで、市内のNPOの活動の援助と支援をやっておりますので、そのつながりの中でNPOを探してくるという形になります。



記者:
 おそらく大学生がターゲットなんだと思うんですけれども、市内には就職していく高校生とか、これから社会に行く子たちもいるんですが、そういう子たちもここでは受け入れていくのか、そのあたりのターゲットというのはどこまで広げる予定なんでしょうか。



久元市長:
 大学生が中心ですが、高校生の皆さんが相談に来られたら、その相談には応じていくということは当然だろうと思います。



記者:
 NPO活動は若いときから関わっている人たちが最後まで残るという傾向が多いと思うので、そのあたりの取り組みというのは今後どういう形でやっていくとか、何か案はありますでしょうか。



久元市長:
 すごく本質的な問題になるかもしれませんが、NPOの活動というのはやはり市民の自発的な発意によって行われていますね。ですから、行政の側からNPOの活動に対して、こういう形で人材を取り込むという発想に立つべきなのかどうなのか、あるいは立ってよいのかどうかということについては、ちょっと私自身、自信はありません。あくまでも市民主体の活動というのがNPOの活動ですね。
 ですから、本来、NPOの皆さんがどういう人材を求めているのか、それに対して高校生を含む若い世代の皆さんがこれにどう呼応するのかというようなことは、これは市民社会、地域社会の中で起きていることなのであって、それに対して、行政としてはこういう形で、いわばそういう出会いの場を提供することによって、結びつけるお手伝いをするということだろうと思うんですね。



 ですから、それ以上に私たちが何かの意図や意思を持って介在をするということがいいのかどうかということについては、ある意味で少しそこは立ちどまりながら、あるいは自制をしながら、しかし、そういう活動が積極的に展開されるように、なかなかこれは難しい課題だとは思いますけれども、対応していくということが必要なのではないかと思います。



記者:
 活動の中心となるのは多分運営事業者として「しゃらく」がやっていかれると思うんですけども、将来的には、例えば、この支援とか結びつける活動自身も大学生の手に委ねていくとか、神戸市としてこんなものに育ってほしいなという、この活動の将来像みたいなものは何かありますでしょうか。



久元市長:
 今は、学生の皆さんが主体になって運営委員会をつくると。事務局ということなんですけれども、決めるのが学生の皆さんで、それをひたすら実施するのが「しゃらく」ということでもないと思うんですよね。やっぱりそこは対等の立場で意見を交換しながら自主的に運営をしていただくということを、そして、そのことによって、ここを1つの拠点にしてこのNPOの活動が広がる、学生の皆さんの地域貢献の場が広がるということを期待したいところです。それがどういう形で進化していくのかということは、私たちはお金は出しますけれども、基本的には見守っていきたいと思います。



記者:
 学生さんは、市外在住、在学の方でもいいんでしょうか。



久元市長:
 私は別に排除する理由はないと思いますけど、それでよろしいですね。



職員:
 はい、大丈夫です。



記者:
 学生であればどなたでもよくて、NPOの側は市内のNPOということでいいわけですね。



久元市長:
 そうです。



記者:
 このソーシャルキャンパスの設置に当たって、神戸市のほうが動こうと決めた動機の部分なんですけども、NPO側の要請が強いのか、もしくは学生側からのニーズがとても高かったのか、そのあたりどのようなことが決定打になっているのでしょうか。



久元市長:
 もし、実際にNPOの皆さんや大学の皆さんと接触している市民参画推進局の側から違うことがあったら、また修正していただいたら結構ですけど、私はそれは両方だと思います。私自身は、NPOの皆さんとも接触がありますし、先ほどから繰り返していますが、学長の先生方や実際に地域活動をいろいろと応援していただいている大学の先生方ともつき合いがありますが、両方から先ほど申し上げているようなニーズがありまして、両方からのニーズを神戸市としてこれを結びつける形で、今回こういうような拠点を設置するのが望ましい政策なのではないかと考えました。



記者:
 場をつくるということですね。



久元市長:
 そうですね。



記者:
 この場所がサンパルの2階ということですけど、今は空き店舗になるんでしょうか、元々は何だったのかということを伺いたいと思います。



久元市長:
 空いているところに入っていただくわけですけど、もとは何なのかわかりますか。



職員:
 着物屋さんが入っていて、今は空き店舗です。



記者:
 資料の中で全国初の取り組みと書いていただいているんですけども、これは中間支援の施設を自治体が拠点を設けるということではなくて、ソーシャルビジネスの起業を支援することが初の取り組みという理解でよろしいんでしょうか。



久元市長:
 ソーシャルビジネス、あるいはコミュニティーサービスなどを活性化していく上で、学生の皆さんとNPO活動、NPOの皆さんとを結びつけるそういうマッチングの拠点をつくるというのが、全国で初めてということです。ほんとうに初めてなのかどうかというのはどんな場面でも100%自信があるわけではありませんが、おそらくほかの自治体では取り組まれていないのではないかと思います。
 大学間の拠点、あるいは学生の皆さんの拠点というのは幾つか例もあります。神戸も小規模ですけれども、西区にそういう拠点を置いておりますが、大きな学生の皆さんが共同利用するような、あるいは大学の研究者や学生の皆さんが交流をするような拠点というのは、ほかの自治体では幾つかあります。



記者:
 ソーシャルビジネスとなりますと、NPOの活動の支援のレベルよりもさらに1段階高いといいますか、チャレンジしないといけない領域なのかなと思うんですけど、そこを支援していくというのは非常に難しいところもあるのかと思うんですけども、かなりそういう意味では、スタートアップもそうですけど、起業のときのお金の支援とかも含めて、企業からの応援であるとかというのも必要になってくるとは思うんですけど、そのあたりの市内の企業も含めた巻き込み方というのをどう今後やっていきたいと思われているか教えていただけますか。



久元市長:
 NPO活動の種類とか形態というのは非常にさまざまだと思うんですよね。しかし、その中で1つのビジネスとして成立するようなものは、かなり以前から望まれていたと思うんです。しかし、必ずしもそれは十分に発達しているわけではありません。やはり、これを機会にそういうソーシャルビジネスにまで発展するようなものが学生の皆さんの発想とかも取り入れて出てくることを期待したいと思います。



 時々大学に行ってお話をするんですが、大学を卒業して就職をする幾つかの選択肢の中に、完全にフリーランスの職業人として生きていくのか、組織に帰属して生きていくのかという大きな選択肢があり、その中にフリーランスとして生きていくということの中には、卒業したらすぐに起業するという道を選ぶ人も最近出てきていますし、起業を後押しするような講座とか講義も大学では最近生まれてきていますね。その起業の1つのあり方が、これは、今、数は少ないですけれども、ソーシャルビジネスであり、あるいはNPO法人だというふうに思います。
 それから、大学の側でもそういうような方向での教育というような面も展開し始めていますから、そういうような動きとも符合しているという側面もあるのではないかというふうに思います。



 これは、必ずそういうふうになっていくのかどうかという自信はありませんが、少なくともそういう可能性をこの神戸ソーシャルキャンパスというものは持っているのではないかなというふうに期待をしています。

その他の質疑応答

阪神・淡路大震災から22年

記者:
 震災について伺いたいんですけれども、去年来、ポスト震災20年ということをおっしゃられて打ち出されていると思うんですが、今年、その2年目としてどういう位置づけの年にしたいとお考えかというのが1点と、それから、検討が進められています本庁舎の建てかえですけども、特に2号館については、市長としては、建てかえるのであればどんな空間になってほしいということを、改めてになりますけれども、お聞かせいただけますでしょうか。



久元市長:
 やはり、震災から20年が経過をいたしまして、その後の市政というものは、この20年の間に取り組むことができなかった課題、あるいは、取り組まなければいけなかったけれども、震災への対応とか財政危機への対応ということで取り組むことができなかった課題に取り組まなければならない段階だというふうに思っています。
 同時に、財政再建への努力というものが払われてきましたから、やはり財政状況は依然として厳しいですけれども、そういう新しい課題にチャレンジすることができる可能性ということも我々は手にしているというふうに思っています。



 そういうような動きというものを、去年は幾つか見出すことができました。繰り返しになるかもしれませんが、例えば大阪湾岸道路の西伸部の着工、そして、この大阪湾岸道路については、暮れには、有料道路事業を約半分入れるということについても国の決定がありました。
 さらに、神戸西バイパスについても、これも直轄事業でほんとうに細々と細々と行われてきたわけですけれども、これはまだ確定的に方針が出ているわけではありませんが、有料道路事業を入れるという方向で検討が進められています。



 神戸空港につきましても、いろいろと議論がありましたけれども、3空港一体運営ということについてはなかなか糸口を見出すことができていなかったんですけれども、コンセッションの手続も粛々と進められていて、民間事業者からも、公募に対して応募をしていただく企業も4社出てきていると、そういうような動きが出てきています。



 さらに、これは行政のほうから問題を提起したわけですが、三宮を含む都心の再生についても、これも、おととしの9月に都心の再生のプランと三宮の再整備の構想を発表してから民間事業者の皆さんの動きも出てきていますし、私どもの準備も加速をしていると、こういうような状況です。



 そして、2番目のご質問のこの2号館の建てかえですけれども、まだ建てかえということを決めたわけではありませんし、構想の中身もまだ何もありません。
 ただ、三宮の再整備というものを何のために進めるのかというと、やはり神戸の玄関口である三宮にたくさんの皆さんに来ていただく、神戸でショッピングを楽しんで、グルメを楽しんで、アートシーンを楽しむ、神戸の町を歩きながら楽しんでいただく、回遊しながら楽しんでいただく、そういうような町にしていく。そのためには、6つの駅がありながら、大変わかりにくい、乗りかえもしにくい、町にも出て行きにくいというこの三宮の再整備をする必要があると、こういうのが基本的な考え方です。



 そういうような、都心における来街者の増加と、それから、にぎわいづくり、回遊性ということを考えたときに、2号館が今のままでいいということは、おそらく大多数の市民の皆さんも考えておられないというふうに思いますね。やはり、これは建てかえということを早晩検討していかなければいけない。そういう検討に昨年から着手をしたということです。



 ですから、これは今まだ検討の途上です。検討の途上ですが、そういうような三宮の再整備の考え方からいえば、この2号館も、単に建てかえて庁舎にするというような発想ではなくて、やはり、たくさんの皆さんに来ていただけるような、にぎわいを生み出すような機能というものを入れるという方向で考えるべきではないかと。
 ということで、今、検討委員会を設置して、いろいろな具体的な方向性について議論をしていただいているというのが現状です。

市長の著書「ひょうたん池物語」

記者:
 会見の冒頭でも触れられましたけれども、今年は開港150年ということで、市長は、150年というこの今年、新年をどこで迎えられて、まず、何を思われましたでしょうか。



久元市長:
 新年は、私もほとんど休みはとれていないので、二、三日、家内と旅行しておりました。ですから、旅行の途中で、これはNHKの番組になりますが、「ゆく年くる年」のカウントダウンで、元旦から、神戸の港が、全国、また世界に向けて発信・放映されるのを見ました。
 冒頭も申し上げましたけれども、港とともに、海とともに生きてきた神戸の記念すべき年ですから、この年をさらに大きな飛躍の年にしていきたいというふうに考えています。



記者:
 別のことをお尋ねいたしますが、市長は、去年、『ひょうたん池物語』をご出版なされましたけれども、私もちょっと拝読いたしました。



久元市長:
 ありがとうございます。



記者:
 あの物語の中の「開発」というのは、いわゆるかつての「山、海へ行く」という時代のことを指すということでよろしいんですか。



久元市長:
 そうです。あれは、ちょうど東京オリンピックが開催されたあの1964年前後の神戸のことを思い出しながら、それを、自分が体験をしたそのままを描いたのではなくて、それをもとにしたファンタジーとして記したものです。



記者:
 あの物語では、開発によって自然が失われていくことの危機とか寂しさも描かれていたと思うんですけれども、「山、海へ行く」という時代の開発について、市長は、今、あのときの評価できる点、あるいは、その逆で、例えばひょっとしたら正解でなかったかもしれないと思われる点、それぞれあればお聞かせください。



久元市長:
 ある抽象的なテーマであれば、これは正しかった、これは間違っていたというふうに一刀両断できるかもしれませんが、やはり、まちづくりとか都市経営というものは、なかなかそうはいかないと思うんですね。それから、過去を振り返ってみてどう評価するかという問題と、目の前の現実とどう格闘するのかということとは、これまた時点が違いますし、そこに求められる価値観や判断もやっぱり異なると思います。



 私のプライベートなあんな童話を質問していただいて、こういう場で恐縮なんですけれども、あの物語の中で、町なかから団地に移り住んできた子供の会話の中で、ほんとうに、ほんまに狭いぎゅうぎゅう詰めの汚い家に住んどったとか、狭かったために赤ちゃんが圧死した――「圧死」という表現は使わなかったかもしれませんが、死んでしまった事例もあるんやというような会話を交わしているのは、やはり、神戸が空襲でものすごく大きな被害を受けて、いわば急ごしらえで町を発展させてきた。これは、市として、六甲山の南側の極めて狭いところに密集する形で急ごしらえで町を発展させてきたわけですね。港はどんどん発展しましたけれども、当時の神戸は、もちろん良好な住宅地もありましたけれども、かなりこれは劣悪で、非常に生活環境が悪い地域も広がっていました。



 ですから、高度成長で経済が大きく発展していく中で、やはり、そういうような環境を改善するということは当時は求められていたと思います。しかも、かなり速いテンポでそれをやっていかなければいけない時代だったと思うんですね。ですから、ニュータウンの開発ということは当時は必要だったというふうに思いますし、それを、「山、海へ行く」という極めて斬新で先駆的な手法で行った神戸市の都市経営というものは、やはり今から見ても高く評価されるべきではないかというふうに思います。



 しかし、現実にはかなり多くの自然が失われていった。やはり、長い年月をかけて形成されてきた里山が失われていったということも事実で、そこに対して少なくとも子供時代の自分は心の中に痛みを感じたし、そういうふうに思っている友達も周りにもたくさんいました。一種の葛藤があったと思うんですね。



 そういうような思いというものを、いつか何か、稚拙な形でも、童話みたいな形で描いてみたいというふうに思っていたわけですけれども、思いがけず神戸に帰ってきて、かつて遊び回ったところを今訪れたりするような機会もあって、思い切ってあんな形にしてみたいなというふうに感じたわけです。