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神戸歴史年表
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近世(江戸時代まで)

西暦
年号
神戸に関係する歴史
日本の動き等
 
1560 永禄3       5 19 桶狭間で織田信長が今川義元を破る 詳細はこちら
1566 永禄9 8 17 安宅信康らの攻撃により、松永久秀の摂津滝山城が落城する(「細川両家記」)       詳細はこちら
1573 天正1           室町幕府滅亡 詳細はこちら
1578 天正6     花熊合戦(〜1580)。滝川一益、兵庫一ノ谷を焼きうち(「信長公記」、『花熊落城記』)       詳細はこちら
1580 天正8     三木落城(別所長治自刃)       詳細はこちら
1582 天正10       6   本能寺の変 詳細はこちら
1585 天正13 10   秀吉、明石城主加藤嘉明らに、尼崎・西宮・芦屋付近のくり石を大坂築城のため運漕させる       詳細はこちら
1591 天正18 10 4 羽柴秀吉、有馬茶会を催す(「有馬善福寺文書」)       詳細はこちら
1592 文禄1       3   文禄の役 詳細はこちら
1596 慶長1     大地震により、兵庫が壊滅に近い被害を受ける。須磨寺本堂も倒壊、村々で多数の人・牛・馬が死亡。秀吉が造営した有馬の御殿も大破(「当山歴代」、『有馬温泉史料 上巻』) 閏7   慶長の大地震(「言経卿記」) 詳細はこちら
1597 慶長2     前年より慶長の役に際し、摂津の浦々に御公儀水主役が課せられる(「松尾家文書」) 1   慶長の役 詳細はこちら
1600 慶長5 10 15 池田輝政、姫路に移封される(52万石) 7   関ヶ原の戦 詳細はこちら
1601 慶長6 1 18 有馬則頼、三田藩主となる       詳細はこちら
1601 慶長6 1   池田輝政、以後10余年かけて領内にて「二割打出しの内検地」を行う       詳細はこちら
1603 慶長8       2   家康、征夷大将軍(江戸幕府) 詳細はこちら
1604 慶長9     山田庄と兵庫・神戸近在村々で中一里山争論おこる(〜慶長10、「御影村文書」)       詳細はこちら
1605 慶長10       9   「摂津国絵図」が作成される 詳細はこちら
1607 慶長12     朝鮮通信使が兵庫津に上陸、片桐貞隆が接待にあたる     はじめて朝鮮使節が来日する 詳細はこちら
1614 慶長19       10   大坂冬の陣 詳細はこちら
1615 元和1       4   大坂夏の陣 詳細はこちら
1617 元和3 7 25 戸田氏鉄、尼崎藩主となる       詳細はこちら
1617 元和3 7 28 小笠原忠真、明石藩主となる       詳細はこちら
1618 元和5           菱垣廻船の航行はじまる 詳細はこちら
1633 寛永10 3 15 九鬼久隆、三田藩主となる       詳細はこちら
1635 寛永12 7 28 青山幸成、尼崎藩主となる       詳細はこちら
1635 寛永12     このころ尼崎藩領で領内検地が実施される(〜寛文年間)       詳細はこちら
1669 寛文9     摂津・播磨両国で国境争論おこる(多井畑村と明石郡垂水郷九ヶ村との入会山争論、塩屋村・垂水村と西須磨村・駒ヶ林村・兵庫津との漁場争論)       詳細はこちら
1671 寛文11           河村瑞賢東廻り航路・西廻り航路の開発 詳細はこちら
1675 延宝3     兵庫津周辺で水害がおこる       詳細はこちら
1677 延宝5       4   関東・畿内近国において幕府領総検地が命ぜられる 詳細はこちら
1679 延宝7 6 26 本多政利、明石藩主となる       詳細はこちら
1682 天和2 3 16 松平直明、明石藩主となる       詳細はこちら
1685 貞享2           生類憐みの令発令 詳細はこちら
1696 元禄9     「元禄兵庫津絵図」完成」
      詳細はこちら
1697 元禄10     播磨国は姫路藩・龍野藩・明石藩・赤穂藩、摂津国は高槻藩・尼崎藩・三田藩がそれぞれ担当し、国絵図改定作業をはじめる(〜元禄15年) 4 27 幕府、正保3年国絵図の改正を命じる 詳細はこちら
1701 元禄14     「摂陽群談」を撰する 3 14 赤穂城主浅野長矩、江戸城中で吉良義央を傷つけ切腹改易となる 詳細はこちら
1702 元禄15       12 14 赤穂浪士討入り 詳細はこちら
1708 宝永5     兵庫津で大火災が発生(「北風遺事」)       詳細はこちら
1711 正徳1 2 11 松平忠喬、尼崎藩主となる       詳細はこちら
1716 享保1           享保の改革(〜1745) 詳細はこちら
1717 享保2     福原庄六ヶ村(北野村・中宮村・花熊村・宇治野村・神戸村・二ツ茶屋村)と生田村・熊内村・中村との間で中一里山争論おこる(〜享保11、「摂州菟原郡八部郡郡境并草山論見分覚」)       詳細はこちら
1722 享保7           上方八ヶ国について、「国分け」がおこなわれる(摂河泉播の管轄権を京都町奉行所から大坂町奉行所へ委譲) 詳細はこちら
1730 享保15 5 2 並河誠所が「摂津志」編纂のため兵庫を訪れる(『兵庫岡方文書』「官要録」)     酒店組、江戸十組問屋を脱退 詳細はこちら
1736 享保21     並河誠所の「摂津志」が刊行される       詳細はこちら
1754 宝暦4     大坂材木商仲間より西宮町・神戸村・兵庫津・御影村・脇浜村(五カ所材木仲間)が訴えられる       詳細はこちら
1769 明和6 2 13 尼崎藩領の兵庫津・西宮などの24ヵ村、幕府領となる(明和六年「神戸村諸事御用留日記」、『神戸市文献史料』1、「植崎九八郎封事」)       詳細はこちら
1770 明和7       9 2 幕府「油仕法」を改正 詳細はこちら
1770 明和7           菱垣廻船と樽廻船とに積載する荷に関して積荷協定が結ばれる 詳細はこちら
1772 安永1           田沼意次、老中となる 詳細はこちら
1783 天明3           天明の飢饉はじまる 詳細はこちら
1787 天明7 5 13 兵庫津で打ちこわしがおこる     寛政の改革(〜1793) 詳細はこちら
1788 天明8           幕府が酒造株改めを行い「永々株」を定める 詳細はこちら
1792 寛政4           ラックスマン、根室に来航 詳細はこちら
1798 寛政10     「摂津名所図会」12巻刊行される       詳細はこちら
1799 寛政11     高田屋嘉兵衛、エトロフ航路を開く       詳細はこちら
1812 文化9     高田屋嘉兵衛、ロシアに抑留される       詳細はこちら
1823 文政6     摂津・河内二国の村々により綿国訴がおこる       詳細はこちら
1824 文政7     摂津・河内・和泉三国の村々により菜種国訴がおこる       詳細はこちら
1827 文政10     西摂の武庫・菟原・八部三郡村々により絞油訴願がおこる       詳細はこちら
1830 天保1 3   このころから、お蔭参り流行       詳細はこちら
1832 天保3           天保の飢饉 詳細はこちら
1833 天保4 8   兵庫津中で米屋のうちこわしがおこる       詳細はこちら
1841 天保12           天保の改革 詳細はこちら
1853 嘉永6           ペリー浦賀へ来航 詳細はこちら
1854 嘉永7 6   兵庫津にて大地震おこる(「兵庫津地震記録」)       詳細はこちら
1854 安政1 9 18 ロシア軍艦、摂海へ入る       詳細はこちら
1854 安政1 12 28 明石藩は明石に砲台を築くよう命じられる       詳細はこちら
1858 安政5     幕府が大坂と兵庫に箱館産物会所を設置する     安政の五ヶ国条約調印/安政の大獄(〜1860) 詳細はこちら
1860 万延1           桜田門外の変 詳細はこちら
1862 文久2     明石藩、明石−垂水間に12の砲台を築く       詳細はこちら
1863 文久3     幕府が和田崎、湊川尻、西宮などの砲台工事に着工する       詳細はこちら
1863 文久3 4   勝海舟、神戸海軍操練所建設を命じられる       詳細はこちら
1864 元治1       11   第一次長州征討 詳細はこちら
1865 慶応1 3 9 神戸海軍操練所廃止される       詳細はこちら
1866 慶応2 5 8 兵庫に打ちこわし(コボチ)おこる。(「記臆之友」)西摂より大坂へと波及する       詳細はこちら
1866 慶応2       6   第二次長州征討 詳細はこちら
1867 慶応3 5 16 兵庫居留地を神戸村のうちに定める       詳細はこちら
1867 慶応3 5 24 兵庫の開港勅許される       詳細はこちら
1867 慶応3       10   大政奉還 詳細はこちら
1867 慶応3 11 15 兵庫津にお札が降り、「ええじゃないか」と人々が乱舞する(「記臆之友」)       詳細はこちら
1867 慶応3 11   徳川道の開削工事が開始される 11   〜12月上旬“ええじゃないか”が大流行する 詳細はこちら
1867 慶応3       12   王政復古宣言 詳細はこちら
1867 慶応3 12 7 兵庫開港式,運上所において挙行される       詳細はこちら
1868 慶応4・
明治元
1 11 神戸三宮神社前で備前藩兵が外国人を負傷させる(神戸事件)       詳細はこちら
1868 慶応4・
明治元
      1   戊辰戦争 詳細はこちら
1868 慶応4・
明治元
5 23 兵庫裁判所を廃止し兵庫県(第1次)を設置。知事に伊藤博文任命される       詳細はこちら
1868 慶応4・
明治元
6 26 居留地工事竣工する       詳細はこちら