現在の神戸市域は摂津・播磨の両国にまたがり、当時の首都・京都と瀬戸内海方面を結ぶ海上交通の重要な拠点となっていました。
平安時代末期、その利点に目を付けた平清盛は、神戸の港(「大輪田の泊(おおわだのとまり)」)を改修し中国(当時は「宋」)と貿易を行いました。また一時京都から神戸の福原に首都を移転するなど、大きな足跡を残しました。
また、神戸は同時に軍事上の拠点ともなり、南北朝時代には楠木正成(くすのきまさしげ)が京都奪回を目指す北朝軍と湊川で戦い(湊川の戦い・1336年)、敗れて戦死したことでも有名です。
清盛塚(きよもりづか)
敦盛塚(あつもりづか)
生田の森(いくたのもり)
鵯越(ひよどりごえ)の坂落し (逆落し)
楠木正成(くすのきまさしげ)の墓碑