1868年の兵庫開港により、日本の支配が及ばない外国人のための区域として設けられました。
当時は見渡す限り一面の砂浜でしたが、イギリス人土木技師のJ.W.ハートの設計により、126区画の整然とした敷地割りに、格子状街路・遊歩道・公園・下水道・街灯などが設置されました。
その街路形状や敷地割りは現在でもほとんど変わっていません。居留地の運営はすべて外国人の自治によって行われ、ガス灯・洋服・牛肉などの衣食住をはじめ、新聞・ゴルフ・登山などの文化や娯楽などがそのまま持ち込まれました。
1899年(明治32年)居留地制度の解消により、神戸の居留地も日本に返還されることになりましたが、返還後も神戸を代表する都心業務地として発展を続け、ファッション・スポーツ・洋風建築などをはじめとする世界の文化を受け入れる窓口として、国内にさまざまな影響を与え続けてきました。
現在、大正から昭和初期にかけてのレトロな近代洋風建築が数多く残されている他、町名などにも当時の名残が見られます。
居留地開設当時から残る唯一の建物「旧神戸居留地十五番館」((株)ノザワ本社・国重要文化財)や、「あかり」の歴史をテーマとした「神戸らんぷミュージアム」(有料/京町80番クリエイト神戸2・3階)などもあります。

中央区
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