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※終了した展覧会の情報です。

特別展  よみがえる兵庫津  -港湾都市の命脈をたどる-

  2004年10月30日(土)〜12月26日(日)


  休館日:毎週月曜日。
  開館時間:午前10時00分〜午後5時(入館は午後4時30分まで)。
         但し12月14日(火)〜26日(日)は午前10時から午後7時

           (入館は午後6時まで)

   ※会場の神戸市立博物館の所在・交通


摂津国名所港津図屏風
摂津国名所港津(こうしん)図屏風(左隻)
江戸時代前期 堺市博物館所蔵
 兵庫津を中心に西宮から明石までの湾岸部分が描かれています。兵庫津には多くの船が来航し、往来には行き交う人々がみえます。町並みも形成されており、港湾都市としての兵庫津の様相をうかがうことができます。この屏風は江戸時代前期の兵庫津を描いた絵画資料としては、現在知られている唯一のもので、大変貴重な資料です。(※期間を限定して展示します)

現在の兵庫津 古来より瀬戸内海航路の重要な港として繁栄してきた兵庫津は、戦国時代には織田信長や豊臣秀吉ら武将たちの保護を受け、池田恒興(つねおき)によって都市整備が進められました。江戸時代の兵庫津はこの都市を基盤に発展し、18世紀には2万人を越える人々が暮らしていました。
 最近の発掘調査では碗(わん)や箸(はし)などの食器、硯(すずり)や下駄(げた)などの生活道具や町屋の跡が見つかっており、これらは当時の人々の生活ぶりの一端を私たちに教えてくれます。人々は相撲(すもう)を楽しみ、祭礼の時にはそろいの法被(はっぴ)でまちを練り歩きました。文化の面では学者や詩人、画家たちが活躍し、江戸時代を代表する文人・与謝蕪村(よさぶそん)と兵庫津一の豪商・北風荘右衛門(きたかぜそうえもん)との交流があったことも知られています。
 港町であった兵庫津には各地から様々な物資が集散し、多くの人々が行き交いました。蝦夷地(えぞち)との交易で活躍した北前船(きたまえぶね)や、知多(ちた)半島を拠点として江戸と上方を結んだ尾州廻船(びしゅうかいせん)とも深いつながりを持つなど、独自の発展を見せました。
 本展覧会では、江戸時代に繁栄した港町兵庫津の歴史をひも解く資料を一堂に展示し、その魅力を紹介いたします。


★展覧会の内容★

プロローグ-江戸時代の兵庫津の風景-

 江戸時代、2万人に及ぶ人口を抱え、交易の拠点として繁栄した兵庫津は三都や城下町などのように当時を代表する都市的な景観を備えていました。しかし、水害・戦災・震災など度重なる災害や、近代化によってその姿は失われてしまっています。まずこのコーナーでは、江戸時代の兵庫津の風景を、屏風や航路図などの絵画資料から 概観します。

I.近世都市兵庫津の誕生

〔1〕兵庫津を彩った武将たち

 応仁・文明の乱によって国際港としての地位は堺に譲りますが、瀬戸内海の重要な港であった兵庫津は戦国時代にも歴史の舞台の一つとなりました。兵庫津は織田信長や豊臣秀吉ら武将たちの保護を受け、その家臣である池田恒興によって兵庫城とその城下である都市の整備が進められました。ここでは戦国期に活躍した武将たちと兵庫津との関係を紹介します。

重要文化財 信長記重要文化財 信長記
 太田和泉守牛一(うしかず)筆
 慶長15年(1610)
 岡山大学付属図書館所蔵

 
 織田信長の経歴を記した軍記。作者は信長に仕え、のち側近となった太田牛一。兵庫津との関係では、摂津に出陣した信長に対し、兵庫津・大坂・堺・尼崎・西宮の有力町人らが献上品を持って参上したことや、荒木村重の反乱に対し、村重勢の籠城(ろうじょう)する花熊城(はなくまじょう)を攻略するため、兵庫から一ノ谷(須磨区)一帯を焼き払った記事などが確認できます。

池田恒興画像(部分)

狩野隨川甫信(ずいせんよしのぶ)

江戸時代中期

絹本著色 大阪城天守閣所蔵


 池田恒興(つねおき)は織田信長に仕え、桶狭間(おけはざま)の戦いなどで活躍した戦国武将。天正8年(1580)、恒興は信長に反旗をひるがえした荒木村重(あらきむらしげ)の花熊城を攻略、その用材を用いて兵庫城を築き、それを中心に城下町の整備をすすめました。この画像は鳥取藩主池田家伝来の木挽町(こびきちょう)狩野家初代尚信筆のもの(鳥取県立博物館所蔵)を尚信の孫浜町(はまちょう)狩野家二代隨川甫信が写し取ったもの。 
※期間中展示替えいたします。


池田恒興の肖像

〔2〕尼崎藩の支配
 兵庫津の尼崎藩による支配は、元和3年(1617)に尼崎城に入った戸田氏に始まり、青山氏、松平氏と続き、明和6年(1769)に幕府領に編入されるまで約150年にわたります。尼崎藩は兵庫城跡に陣屋(じんや)を置き、兵庫奉行(ぶぎょう)を派遣して支配を行っていました。ここでは、御条目留帳(ごじょうもくとめちょう)や年貢免状(ねんぐめんじょう)といった兵庫津の支配に関わる資料を紹介します。

元禄時代の兵庫の地図

摂州八部郡福原庄兵庫津絵図

 (せっしゅうやたべぐん

  ふくはらのしょうひょうごつえず) 
 兵庫南仲(みなみなか)

 絵師紺屋(こんや)安右衛門

 元禄9年(1696) 個人蔵


 この絵図は、兵庫奉行が尼崎藩に提出した絵図の控えで、岡方名主(おかがたみょうしゅ)を勤めた正直屋家に伝えられたものです。兵庫津を描いた現存最古の絵図で、絵図の裏面には、兵庫奉行坂田又右衛門(またえもん)の命によって、兵庫南仲町の絵師紺屋安右衛門という人物が描いたということが記されています。この絵図は、正確な縮尺で描かれており、現在の地図と合わせるとほぼ一致するほどの精度を持っています。

〔3〕尼崎藩領から幕府領へ
 明和6年、兵庫津から鳴尾(西宮市)にかけての海岸沿いの地域が幕府領に編入されると、大坂町奉行所の支配を受けることになりました。勤番所(きんばんしょ)には大坂町奉行所から与力(よりき)・同心(どうしん)が派遣され、三人の地付同心(じつきどうしん)が常駐しました。ここでは、幕府領編入に関する資料や与力や同心が詰めた勤番所絵図などを展示します。

II.兵庫のまち

〔1〕町のしくみ 〔2〕拡大するまち
 江戸時代の兵庫は、地子方(じしかた、町方)と地方(じかた、村方)にわかれ、地子方は北浜・南浜と岡方から成っています。自治的組織でもある北浜・南浜・岡方にはそれぞれ町の運営を行う惣会所(そうかいしょ)が置かれました。岡方は西国街道(さいごくかいどう)の宿駅の役を負担し、大名が宿泊する本陣(ほんじん)が備えられ、浜方は港に関する役を負担し、南浜には西国大名の御用を勤める浜本陣(はまほんじん)がありました。ここでは兵庫津の町のしくみや発展の様子を紹介します。
西国名所之内 兵庫磯之町

西国名所之内 兵庫磯之町
 五雲亭貞秀(ごうんていさだひで)画

 慶応元(1865)年 木版刷彩

 当館所蔵


 西国街道から兵庫津への西の入口である柳原惣門(やなぎはらそうもん、今の柳原蛭子(ひるこ)神社付近)から東に向かって兵庫の町や港を眺めた風景。町には瓦葺きの町屋が密集し、海岸に沿って蔵が立ち並んでいます。港には停泊する多くの船、海上には沖へ続く帆の列が描かれており、全国各地の物資が集散する港湾都市として繁栄する兵庫津の様子をうかがうことができます。

III.くらしと文化

〔1〕町屋とくらし 〔2〕兵庫津のあきない
 江戸時代の都市における人々の生活の拠点は「町屋(まちや)」にありました。近年、兵庫津でも町屋跡の発掘調査がすすみ、その町屋にくらした人々の生活の一端が知られるようになってきました。兵庫津で繰り広げられたあきないは多様で、諸問屋(しょどんや)や干鰯仲買(ほしかなかがい)などはその代表です。
ここでは江戸時代の人々のくらしについて紹介します。

〔3〕文化と娯楽 -俳諧(はいかい)・書画(しょが)・祭礼(さいれい)・相撲(すもう)-
 ここでは、俳諧・書画・祭礼・相撲といった文化的側面を取り上げます。嘉永5年(1852)に行われた雨乞(あまごい)祭には一万一千人もの人々が参加し、雨をモチーフにした纏(まとい)をかつぎ、そろいの法被(はっぴ)を着てまちを練り歩きました。寛政3年(1791)能福寺(のうふくじ)での相撲(すもう)興行には兵庫の力士も多数出場しています。また兵庫津一の豪商・北風荘右衛門(きたかぜそうえもん)は文人・与謝蕪村(よさぶそん)の有力な後援者だったことが知られています。そのほか兵庫で活躍した画家の斎藤雀亭(さいとうじゃくてい)や、学者で詩人の室田霞亭(むろたかてい)の作品も紹介します。

IV.海の道を通じて

〔1〕朝鮮通信使(ちょうせんつうしんし)と兵庫津
 朝鮮通信使は将軍就任を祝うことを名目として朝鮮王朝から派遣された外交使節団です。江戸時代の中頃には、4~500人の規模で日本を訪れました。通信使の兵庫津での接待を任された尼崎藩は、港の準備や宿泊先の手配などに奔走(ほんそう)しています。ここでは朝鮮通信使の接待に関する資料や、その行列を描いた屏風などを紹介します。

初代内田佐七肖像画

初代内田佐七肖像画

内田佐七家は内海船(うつみぶね)の有力な船主の一家。文政元年(1818)から廻船経営をはじめ、幕末期には最大8艘の船を所有していました。内海船は知多半島(愛知県)を根拠地として、江戸と上方・瀬戸内海の各港を結んだ尾州廻船(びしゅうかいせん)のひとつで、兵庫津は内海船の西の拠点でした。内田家の資料から、兵庫新町に居を構えていた車屋五兵衛と取引があったことが知られています。

〔2〕北前船(きたまえぶね)と尾州廻船(びしゅうかいせん)
 幕府が大坂を経済の中心として保護したため、兵庫津の発展は制約されますが、北前船による日本海地域や蝦夷地(えぞち)との交易で、大坂の外港としての枠を超えた独自の発展も見せます。また知多(ちた)半島(愛知県)を拠点に江戸と上方を結んだ尾州廻船とも深いつながりがあることが近年明らかになってきました。ここでは北前船船主として活躍した高田屋嘉兵衛(たかだやかへえ)と内海船(うつみぶね)船主として活躍した内田佐七(うちださしち)家に関する資料を紹介します。

V.近代への船出

〔1〕幕末の動乱と兵庫津 〔2〕「兵庫」開港へ
 幕末期、兵庫津も激動の渦中(かちゅう)にありました。特に嘉永7年(1854)ロシア使節プチャーチンの大阪湾侵入により、周辺の海防(かいぼう)が重視され、文久3年(1863)には和田岬・湊川・西宮・今津への洋式砲台の築造が開始されました。一方、「兵庫開港」は、安政5年(1858)の日米修好通商条約(にちべいしゅうこうつうしょうじょうやく)で、1863年1月1日と定められます。しかし朝廷の反対にあい、文久2年のロンドン覚書(おぼえがき)で5年間延長され、1868年1月1日、神戸開港として実現しました。ここでは開港直後に起こった神戸事件に関する資料なども交え、幕末期の兵庫津を概観します。

エピローグ- 交易から産業の拠点へ-

 兵庫津は神戸開港によって、交易の拠点としての地位を神戸に譲ります。その後、兵庫では新川運河や兵庫運河が開削(かいさく)され、川崎造船所や三菱造船所といった重工業をはじめとする工場が建設されていきます。最後に神戸を代表する産業の拠点として発展した明治以降の兵庫について紹介します。



【主催】 神戸市立博物館、文化庁、神戸新聞社、 NHK 神戸放送局
【後援】 兵庫区役所
【協賛】 財団法人伊藤文化財団、大手前大学
【協力】 株式会社堀内カラーアーカイブサポートセンター

★観 覧 料
区分 入館料(1人1回につき)
 当 日   前売券  団体券(30人以上)
一 般 600円 500円 450円
高校生・大学生 400円 350円 300円
小学生・中学生 250円 200円 150円
シルバー 300円 -- --

 ○シルバーは、65歳以上で、神戸市すこやか手帳持参の方。
 ○障がい者の方は無料
 ○神戸市及び隣接6市2町、淡路1市10町、鳴門市、徳島市の小・中学生は、学校休業日
  には、「のびのびパスポート」の提示により無料
 ○11月20日(土)21日(日)は、「関西文化の日」により、すべての入館者が無料



★関連イベント

I.講演会・講座


(1)記念講演会 「江戸時代の海運と兵庫津」
   斎藤善之氏(東北学院大学助教授)
   11月3日(水・祝) 午後2時~午後3時30分
   会  場 神戸市立博物館地階講堂


(2)こうべ歴史たんけん隊「兵庫津」
   11月27日(土)  参加資格 小学5年生~中学3年生 全60名

    往復はがきに住所/氏名/電話番号/学校名/学年を記入の上、

    神戸市立博物館「こうべ歴史たんけん隊」係まで。11月12日必着。

    応募多数の場合は抽選となります。 


(3)こうべっこ歴史まるごと調査隊(神戸市文化体験プログラム)  
   12月11日(土)  参加資格 小学5年生~中学3年生
   会  場 神戸市立博物館地階研修室
   ※問合せ先 神戸市立博物館 078-391-0035 


(4)兵庫区歴史講演会  講師は当館学芸員
  1.「よみがえる兵庫津展より~ひょうごつの浜本陣」
   11月21日(日)午後2時~4時
   会  場 和田神社
  2.「よみがえる兵庫津展より~ひょうごつの寺町」
   12月4日(土)午後2時~4時
   会  場 柳原蛭子神社
  ※問合せ先 兵庫区まちづくり推進課 078-531-0033


 ◎(2)〜(4)は事前申し込みとさせていただきます。

II.関連する展示
神戸市埋蔵文化財センター企画展示
「港町・兵庫津-賑わう庶民のくらし-」
会 場 神戸市埋蔵文化財センター
    神戸市西区糀台6丁目 西神中央公園内
    п@078-992-0656 
会 期 平成16年10月30日(土)~12月26日(日)

★同時開催★


神戸ゆかりの芸術家たち展
 2004年10月15日(金)〜2005年1月14日(木)
 於:2階ギャラリー

南蛮美術特別展示

 2004年11月3日(水・祝)〜14日(日)

 於:1階ホール

特別展の一覧:年代順分野別自主企画
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