神戸市-KOBE-


北野町・山本通にゆかりの歴史的な建物の魅力

最終更新日
2019年4月11日

北野町の町並み北野町の町並み

歴史

神戸のまちは、青い海と緑豊かな六甲山という恵まれた自然を背景に、世界に開かれた港をもつ、明るく開放的で異国情緒豊かな一面を持つ近代的都市として知られています。

このような神戸のまちの性格は、古い港町としての歴史と、今から約150年前の慶応3年12月7日(1868年1月1日)、諸外国に向けて港を開いたことに由来しています。

開港した時、外国人居留地(現在の市役所、東遊園地から西に向かって鯉川筋、旧メリケン波止場までの一帯)が設けられ、ここにイギリス人技師J.W.ハートによって、ヨーロッパの小都市を思わせる都市計画に従って町並みが形成されていきました。

現在も残っている整然とした町割りのなかに多くの洋風建築物が建ち並び、当時の市民たちに新しい時代の到来を告げました。その大半は既に失われてしまいましたが、現在浪花町15番地に旧神戸居留地十五番館として残る建物は、明治13年頃の建築で神戸に現存する最古の洋風建築物といえます。北野町の中公園に移設された赤れんが造りの門柱は、かつて居留地83番にあった英国商館(ジャーデン・マセソン)の門柱の一部です。

一方北野町、山本通のある山手一帯は、居留地の商館街と異なって、緩やかな南斜面の見晴らしのよい田園地帯でしたが、早くから住宅地として外国人たちに注目され、明治初年から住宅が建てられました。本格的な外国人住宅地として発展するのは明治20年代からで、第二次世界大戦まで、この辺りには200棟以上の洋風建築物と和風住宅が建ち並び、独特の雰囲気のある住宅地となっていました。

大戦による戦災や、戦後の経済成長の余波、さらに老朽化によって、多くの洋風建築物が消滅しましたが、震災前には約80棟が残っていました。震災後さらに数を減らしていますが、残っている洋風建築物は、それぞれ個性的な建ち姿をみせ、今なお異国情緒豊かな当時の面影を残しています。

特徴

神戸の洋風建築物の特徴は、広い敷地にゆったりと建ち、一つ一つの建物の意匠や色調が全部異なっていて、現在の機能本位の建物では味わえない、ゆとりのある空間に見られます。またそのカラフルな色合いなどが魅力ある美しさとして、訪ねる人々の心を楽しませてくれます。

そして古びた洋風建築物に寄り添うようにして立つ年輪を重ねた樹木の緑陰が、心地のよい空間を創り出しています。ベランダ、ベイ・ウィンドゥ(張り出し窓)、下見板張りペンキ塗り、よろい戸、軒廻りの蛇腹、煉瓦積煙突などは、洋風建築物の意匠を特徴づけているもので、それぞれの形や組み合わせ、色合いなどを比較してみるとまた別の興味が持てるものです。

神戸の洋風建築物のもう一つの特徴は、これらの建物の意匠が大変優れていることです。これは、当時神戸のまちに外国人の建築家が住んでいて、本格的な西洋建築の意匠を施したからです。こうした特徴が神戸の洋風建築物の水準の高さや、このまちのセンスのあるエキゾチシズムを一層感じさせる理由になっており、北野町・山本通地区は、昭和55年(1980)国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されています。

平成7年(1995)1月17日、阪神・淡路地域を襲った大地震で神戸の洋風建築物も大きな被害を受け、地区内の伝統的建造物はすべて被災しました。特に、煉瓦積煙突を持つ洋風建築物の被害が大きかったのですが、建物の倒壊や火災により焼失したものはなく、復旧支援制度の充実、所有者の方々の御理解を得て、保存修理を終えることができました。

神戸市では、今後も洋風建築物や伝統的な和風住宅の建ちならぶ町並みをまもり、そだて、うるおいのある町となるよう地元の方とともに取り組んでいきます。

風見鶏の館遠景風見鶏の館遠景




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