神戸市-KOBE-


国指定重要文化財 (建造物) 福祥寺本堂内宮殿及び仏壇

最終更新日
2014年1月29日

所在

神戸市須磨区須磨寺4-6-8

所有

福祥寺

建立

南北朝期

構造

木造2階建檜皮葺切妻造

指定

昭和28年8月29日

概要

仏像安置用の小建築模型です。こういった宮殿をかたどった形式のものを宮殿(くうでん)と呼びます。寺記「当山歴代」によれば、応永元年(1368)式部法橋長賢の製作によるとされています。

仏壇は下層が唐様、上層が和様の二段から出来ており、折衷様式の中でも異色のものです。壇上に一種の基壇があり、それに宮殿が載っています。宮殿は三間で、組物は唐様三手先です。

福祥寺の縁起

真言宗須磨寺派大本山、山号は上野山。縁起では、淳和天皇の御代、和田岬の海中から漁師が聖観音像を引き上げ、会下山の北峰寺に安置していたものを、光孝天皇の仁和2年(886)聞鏡(もんきょう)上人が今の地に移したと伝えます。

その後、荒廃していたものを、久寿2年(1155)源三位頼政が再興、更に慶長元年(1596)閏7月の地震で堂塔が倒壊したものを、慶長7年豊臣秀頼が復興しました。江戸時代には16石の朱印の寺領地が与えられ、12坊ありましたが、現在は3坊のみが残ります。